11話《処分と鳩野一縁》

「今後のあなたの処分を決定します。」

小野平さんは冷たい声で言い放つ。

「いくら所長の指示に沿った実験をしていたとしても、表向き、あの忌子の研究リーダーはあなたです。処分をくださないわけにはいきません。」

はい、と小さい声で答える。

小野平さんが言っていることはもっともだった。

もっと対策できたはずなのだ。

それなのに、今まで研究員に被害が出なかったこと、あの忌子の力に前例がないことですっかり油断していた。

前例がないからこそ、警戒するべきなのは研究に関係のない素人でさえ分かるだろう。

忌子の恐ろしさは私が一番理解できていると思っていたのに、結果がこれでは笑うことさえ出来ない。

「あなたを忌子No.10のリーダーから降格します。あなたの今までの功績から、処分はこれだけとします。後任は既に決めていますので、あなたは部屋に戻ってください。」

たった、これだけで済んだ。

本来なら、刑務所に囚われたっておかしくないほどの重罪のはず。

きっと所長が骨を折ってくれたのだろう。

うつむきながらちらりと横を見ると、所長がかすかに震えていた。

顔には全く生気がなく真っ白で、少しでも小突いたら倒れてそのまま死んでしまいそうなくらいだった。

「あなたはもう大丈夫です。部屋に帰って休んでください。所長は、私と二人きりで話す用事がありますので。」

こんな状態の所長を置いていくのは少々憚られたが、小野平さんの冷たい視線の前では、私は苦言どころか一言だって発することすら許されなかった。

ぱたん、と戸を閉じて歩き出す。

どうして、どうして。

せっかく、うまくいっていたのに。

うまくいっていたはずなのに。

うまくいっていると、思っていたのに。

やっぱり、私の人生は、全て絶望に行くようになっているんだ。

どうして、どうして、

「大丈夫?」

声をかけられ、はっと意識が戻る。

少し視線を下に移すと、無機質なガラス玉のような目に捕らえられた。

「、、、一縁いおりさん?」

そこには、中性的な顔立ちをした女性研究員、鳩野一縁がこちらを見上げていた。

彼女は私と同じ時期にここに務め始めた同期だが、研究員というよりかは、今までの研究内容を整理し、国やメディアに伝えるのが主な仕事だったため、私も名前と顔は覚えているものの、殆ど話したことは無かったのだ。

私よりも背の低い彼女は、小野平さんのような冷たい瞳でも、所長のように温かい瞳でもなく、ただただ無表情で私を見つめた。なんの感情も抱いていない、冷たい瞳。

その瞳は、あの忌子を想起させ、私は心の中で怯えた。

「大丈夫?」

再度私にそう問いかけた。

問いかける、というよりかは、ただそれを呟いただけのように、抑揚が全くなかった。

まるで、言葉の意味を全く分かっていない外国人が、音だけを外に発したかのように。

「だっ、、、大丈夫、です。」

自分でも驚くほど震える声で答えた。

こんなに人と話す時に震えたのは久しぶりだった。

「私、所長に呼ばれてるんだけど、何かあった?」

そこで初めて、私は自分が所長室からまだたった5歩程しか歩いていない事に気がついた。

それにしても、所長に呼ばれたって、、、。

「あの忌子研究について、話があるんだって。」

彼女が、次のリーダーに選ばれたのだろう。

彼女は今まであの忌子の研究資料を山程見てきたのだ。

彼女がリーダーを任されても不思議じゃなかった。

ぎゅっ、と唇を強く噛んだ。

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神の子供たちへ。 梯子 @suzuka963452

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