第3話 再会

 すすき野原は、あの時と何も変わってはいなかった。出始めの穂が風になびく。大きな銀色の波のように。秋の訪れ。

 これから秋が深まるに連れ、花が開き、金色の波になってゆく。


 素晴らしい風景だった。

 僕は、すすき野原に向けてシャッターを切る。 


 祖母の家には、一旦寄ってきていた。僕が幼い頃亡くなった、祖父の入る仏壇に参ってきたのだった。

 祖母に、何処へ行くのかと聞かれたが、「適当に撮影旅行だよ」と簡単に返して、祖母には黙ってここへ来たのだった。


 何枚か写真を撮って、近くのベンチに座り、データを確認する。あの小道は、どの角度からも撮れていなかった。10年余りの間に、すすき野原に埋もれてしまったのだろうか?

 僕が首を傾げていたその時だった。


「明彦く〜ん」


 背後から、僕の名を呼ぶ女の子の声が聞こえた。 

 僕は、すすき野原を振り返る。

 すすき野原の中に、一本の道を見つける。

 そして、そこから、驚くほど美しく成長した「彼女」が、僕の方へと歩いてきていた。


「あ……」

「久しぶり。私に会いに来てくれたんでしょ?」

 彼女はニコニコと笑って言う。

「いや、あの……」

 余りにも綺麗な彼女の笑顔が眩しくて、僕は何も言えないでいた。

 

 彼女は、微笑みながら近付いてきて、僕の隣に、ちょこんと座って、僕の手元を覗き込む。

「写真……始めたの?」

 僕も自分の手元を見た。

「うん。まだまだ下手なんだけどね」

「どんな写真を撮るの?」

「あ……えっとね」

 僕はリュックの中からタブレットを出すと、彼女に見せた。

「こんなのとか、こんなのとか、あと、こんな感じかな」

「ふ〜ん、綺麗な風景ばっかり。素敵だね」

「ありがとう」

「人は撮らないの?」

「う〜ん、あんまり撮りたいなっていうモデルがいなくて……」

 僕は照れて笑う。ふと、

「ねえ……君を……君を撮らせてもらってもいいかな?」

 そんな言葉が自然に口からこぼれ出た。

 彼女は、にっこり笑うと、

「いいよ」

 と答えた。


 すすき野原をバックに、彼女を撮る。

 何枚も何枚も。

 すすきたちが銀色に波打つ。

 彼女を撮る。

 何枚も何枚も。


 ふと気付けば、僕は、彼女を抱きしめていた。

「会いたかった」

 彼女が僕の腕の中で囁くように言う。

「ずっと……待ってた」

 そう言って、彼女は僕に優しくキスをする。


 感情が止められなかった。


 彼女は僕の手を取り、

「こっちに来て、はやく」

 と歩き始める。

 僕はフラフラと彼女について行った。


「いかん!! 明彦、止まれ!!」


 背後から、祖母の大きな声がした。


 ハッと気付くと、僕は、彼女に手を引かれ、すすき野原のあの小道に入っていこうとしていた。

「邪魔しないで!!」

 彼女は僕の手をグイッと引張る。同時に祖母が走ってきて僕を後ろに引張った。

 僕たちの手が離れた。

「なんで? お願い!! 一緒に行かせて!!」

 泣きながら彼女は祖母に訴える。


 と、祖母が優しい顔に戻り、彼女の手を取った。


「嬢ちゃん、ばあちゃんと一緒に遊ぼうなあ」


 目の前で、彼女は小さな女の子に姿を変えた。

 祖母は僕の方を見て頷くと、女の子を連れて小道に入っていく。



 突風が吹いて、すすき野原が嵐のように大波を立てる。凄い音。凄い風。

「うわあ!!」

 僕は両腕で顔を隠し、その場に伏せた。



 次の瞬間、嘘のように辺りは静かになった。


 そこに小道はなく、ただ、すすきがサワサワと揺れているだけだった。



 後で叔父に聞いた話だ。


 昔、迷子になってすすき野原に入り込み、誤って近くの水路に落ちて亡くなった子がいた。その子は、まだ迷子のままのようで、時々寂しくなって、自ら道を作り、友達を誘いに来るらしい。友達になり、その道を通り、すすき野原に入ってしまった子は戻ってくることはない。


 祖母もまた帰ってくることはなかった。

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すすき野原の小道 緋雪 @hiyuki0714

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