第2話 写真

 大学4年、大学生最後の秋。


 就職先が既に決まっていたし、前期の試験が終わり、卒論もある程度見通しがつき、時間ができたので、引越荷物を作る。

 まだ赴任先は決まっていないが、どっちにしても一人暮らしになるので、荷物は少しずつまとめておいた。


「あ。写真」


 押入れの奥から出てきた菓子箱には、古い写真が整理することもなく放り込まれている。小学生の頃までの写真が多い。あの頃は、父親に色んなところに連れて行って貰ったからなあ。

 僕の父親と一緒で、叔父も写真が趣味だった。もっとも彼は風景中心だったのだが。

 その影響で、僕も写真が好きになった。叔父と同じで、主に風景写真を撮る。


 懐かしい写真を見ると、その頃のことを思い出す。


 ふと手にした一枚の写真。

「あ、これ、展望台から見たすすき野原だ」

 叔父が撮ってくれた写真だった。

 一面のすすき野原の前で、僕と弟、従弟の洋ちゃんが笑顔で映っている。

 僕と弟の間には、すすき野原にあった小道。あの少女を見つけた道だった。

「ふふっ。懐かしいな。あの子どうしてるかな?」  

 そう思いながら、次の写真を見た。同じすすき野原。僕たちは映っておらず、叔父さんが景色だけを撮ったものだ。

 僕は違和感を感じた。2つの写真を比べてみる。

「道……」

 叔父さんが景色だけを撮った方には、あの小道は映っていなかったのだ。

「えっ?」


 夜、食事の後、弟を部屋に呼んで、その写真を見せる。

「なあ、これ、なんでだろう?」

 弟は「えっ?」と言いながら、写真2枚を見比べる。そして、少し笑いながら言った。

「これ、撮った角度が違うからじゃない? ほら、こっちの写真は、こういう角度から撮ってるから、道がすすきで遮られてみえないんじゃないかな?」

 そう言われると、そうかもしれないな、と思った。


「あの子、どうしてるだろうな?」

 僕は航太に言う。

「どの子?」

「あの、白いワンピースの女の子」

「ああ。結局会えなかったもんね、あれから」

「『またね』って言ったのにな」

「兄ちゃん、何気にしてるの。子供の約束だろ。向こうだって覚えてないって」

 そう言って航太は笑った。


 そうだよな。子供同士、遊んで家に帰る時に言う「いつもの挨拶」だ。気にすることもあるまい。



 夢を見た。

 あのすすき野原の中の道で、彼女がにこにこと笑っている。

「やっと思い出してくれたんだね」

 少女は、出会った時の少女のままだった。

 夢だったからだろうか、そこに違和感は全く感じない。

「ねえ、うちで遊ばない?」

 女の子が言う。

「うち?」

 僕が言うと、女の子は、すすき野原の中を指差した。

「この道をね、まっすぐ行ったとこなの」

「この道を……」

「おいでよ」

「いや……ここには入っちゃいけないって、ばあちゃんが……」

 彼女は悲しそうな寂しそうな表情をした。

「そうやって、皆、来てくれないんだよね……」

 ボソッと呟くと、肩を落として帰って行った。 

「待って! 待ってよ! ねえ!」

 僕は自分の声で目が覚めた。


「夢か……」

 僕は、机の上の「あの写真」を見た。

「えっ?」

 写真の中の道の途中に白いものがある。昨日はこんなものなかった筈だ。


 何かついているのかと、ティッシュでこすったりしていると、白いものは、少し大きくなり、人の形になった。

「うわぁああ」

 写真を放り出して、ベッドの端に逃げた。

「人? 人がこっちに来ている?」


 僕は大慌てで航太を呼んだ。

「なに?」

「それ、その写真、見てくれよ」 

 僕は、床に放り出した写真を指差す。

「もー、何なんだよ、朝っぱらから」

 弟は、写真を拾い上げ、それを見る。

「昨日の写真じゃん。これがどうしたの?」 

「道に……道に人がいるんだ」

「は? 誰もいないよ? ほら」

 航太が見せた写真には、人など写っていない。  

「もー、寝ぼけたんだろ。ほら、母さんが飯できたって呼んでるから、先に行くよ」

 そう言って、弟は部屋を出ていった。 


 寝ぼけたのか……。さっきはあんなにはっきり見えたのにな。



 朝食を摂っている間も、あの写真の中の人型が気になって仕方なかった。部屋に帰って、写真を見る。

 あれから何度見ても、道には何も見えない。


 …………。  



「撮影旅行?」

 朝食の後片付けをしながら、母が驚いたように言う。  

「今日から? 随分急ねえ。」

たくに誘われたんだ。一泊だけだよ。」

「どこまで行くの?」

「卓が決めたところがあるみたい。行ってくるよ」



 勿論、そんなことは作り話だった。

 僕は、バイクにまたがると、あのすすき野を目指した。

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