君が来るなんて

 バーコードを読み込む機械音。幼稚園の帰りに訪れた親子。難しそうな歴史本を読むおじいさん。そして、すらすらと問題を解く君。

 

 気分転換に周りを見たはず。それなのに着地点は変わらない。決まったように君のいる場所に視線が落ち着く。もうこれで何回目だろう。


 テスト勉強のためだった。

 家じゃ集中出来ない。だから図書館に来た。本当にそれだけのはず。

 教科書を捲り、記憶を辿り、ノートを遡り。頭を抱えながら、必死になって勉強する私。そんな私の前に誰かが座る。


 自由奔放に広げていたノートや参考書。慌てて片付ける私に聞き慣れた優しい声がかけられる。「大丈夫だよ」って。


 でも、それが君だなんて思いもしなかった。



 館内は静かなのに、鼓動がうるさい。館内も急に暑くなった。これも全部、君のせいだ。


 きっと場所を移った方がいいんだろう。ここじゃ集中出来ないし、一緒に勉強するなら準備もしたかった。

 寝不足で肌も荒れてるし、髪だって邪魔にならないように結んだだけ。

 分かっていたら、


 面倒くさがりな私でも、好きな人には1番可愛い姿を見て欲しい。せめて私に予知能力があれば……


 叶いもしない妄想に浸る。そんな私とは違って君は順調みたいだ。


 問題を解き終えて、解答のページを開いく。そしてテンポよく丸つけを始めた。

 ボールペンが奏でる心地いい丸の音。チラッと見えた嬉しそうな表情に、口角が自然と上がる。


 今はまだ向かい合っているだけ。

 もし隣を歩く時が来たら、君は同じように笑ってくれるのかな。

 何気ない話でいい。一緒に歩きながら君と手を繋いで。


 大きくてゴツゴツした君の手。実際に繋いだら、どんな感じなんだろう?


 優しくて温かくて。いや、君は心が温かいから手は冷たいのかな? けど私も冷え性だから。手を繋いでどっちの方が冷たいとか、些細なことで競い合って。

 手汗をかいていても君なら全然大丈夫。だって私に緊張してくれている証だから。

 そんな風に勘違いをして、1人で勝手に盛り上がって……



 「大丈夫?」



 君の声が幸せな妄想が遮る。

 多分ずっと手が止まっていたからだろう。問題が解けなくて困っていると勘違いしてくれたみたいだ。

 妄想に浸っていることがバレなくてよかった反面、突きつけられる現実に傷つく。



 そんな私の隣に君は席を移った。



 「見せて。教えるから」



 身を乗り出して近づいた距離感。周りの邪魔にならないように配慮した小声。当たるか当たらないかギリギリの肘。


 私の妄想とは少し違う。それでも私の恋は加速した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る