君への頼み事


 「待って」



 私の隣を通り過ぎた。付き合っていたらその腕を掴めたのだろう。でも、ただの友達にそんな資格はない。

 教室を出ようとする君に声をかけて駆け寄る。今の私に出来るのはこれくらいだけ。

 朝からずっとタイミングを伺っていたのに、これじゃ普通のクラスメイトと同じだ。


 同じ学年で同じクラス。グループも一緒だからいつも顔を合わせるし、話す機会もある。

 でも、それは『みんな』といる時だけだ。


 『みんな』の中の1人じゃない。私だけを見て欲しい。それを言えたらどれだけ楽なんだろう。



 「……」

 「どうかした?」



 余計なことを考えてしまった。

 ちょっと頼み事をするだけだったのに。先走った感情が、言いたいことを忘れさせる。


 声をかけたくせに固まる私。そんな私を振り返った君が不安そうに見つめる。

 その優しさに、また勝手に盛り上がる私がいた。


 話す内容は決まっていた。きっと、みんなと一緒なら普通に話せたんだと思う。

 別に深い意味のない、ちょっとした頼み事。

 今は2人っきりなんて状況じゃない。周りに人がいる、ただの休み時間のはず。

 それでも『君に話しかける』という行動が私を私にさせてくれない。



 「……学ラン貸して欲しいなって」

 「学ラン?」

 「ほら私、応援団に立候補したじゃん? 昨日の応援団の集まりがあって、その時に学ランを着るって話があって。体育祭はまだ先だけど伝えておきたくてさ……あ、でも無理だったら断ってくれていいよ。代わりの人探すだけだから」



 斜め下を向いたまま早口で捲し立てる。君の目は見れなかった。


 妄想の中の私ならもっと可愛くお願い出来たのに。そんな後悔をしながら君の返事を待つ。


 いつもクールな君。他の男子たちよりも落ち着いているし、気配りも出来るし。グループのまとめ役みたいな感じ。それなのに、たまにする天然発言がまた面白くて。そんな君の全部が愛おしくて。


 日に日に新しい一面を見つけて、その度に嬉しくなって。けど、2人っきりになることなんてないから。せっかく見つけた君の一面も、自動的に他の人と共有してしまう。


 私は君が好き。それと同じくらいグループのみんなが好き。

 くだらないことで盛り上がったり、放課後みんなでどこかに遊びに行ったり。大人になっても、みんなで「楽しかったね」って言い合いたい。


 君に想いは伝えれない。それでも君に可愛いって思って欲しい。



 「はい」


 俯く私に学ランが差し出される。顔を上げるとカッターシャツの君が私を見つめていた。



 「……いいの?」

 「ああ。今日は少し暑いし、サイズ感とか早めに分かってた方がいいだろ?」

 「……うん、ありがとう! ちょっと、みんなに見せてくる!」

 「おう、終わったら俺の席に置いといて」



 満面の笑みで受け取った私は、少し駆け足でみんなが集まってる場所に向かった。


 学ランのお礼にお菓子を作って、それをきっかけに仲良くなって、2人でどこかに行く約束もして。


 叶わないと分かっているのに、妄想は止まらない。


 まだ君の体温が残っていた。

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