君にまた…

 パチンとホッチキスの音がした。

 放課後の教室。少し離れた所で騒ぐクラスメイトたちはもういない。

 1人ぼっちの教室で私は作業を進める。


 「よろしく」と言われ、任された雑用。今回のは授業で使う資料の作成だ。あらかじめ印刷された紙を1枚ずつ取りホッチキスで止める。単純な音が教室に響いた。


 私は断るのが得意じゃない。勢いに負けて、いつも「はい」と言ってしまう性格。そこに副委員長という役職が重なる。


 もちろん、副委員長も立候補していない。

 やる人が誰もいなくて、最終的にじゃんけんで決めるってなって、普通に負けて……


 でも今の私は意外と嫌いじゃない。

 ちょっとした事で感謝される。平凡な私でも誰かの役に立てるという感覚。周囲からの「ありがとう」が純粋に嬉しかった。

 私は平凡だ。可愛いわけでも、頭がいいわけでも、ノリのいい性格でもない。そんな私でもみんなから必要とされる。


 最初は単なる承認欲求のためだった。



 あれは課題のノートを持っていく時のこと。

1人でノートの山を運ぶ私に偶然通りかかった君は「半分貸して」と声をかけてくれた。


 君は部活のエースだ。放課後もすぐに部活に行って、遅くまで残って練習しているのを知っている。そんな君に私の雑用を手伝わせるわけにはいかない。


 いつものように笑顔で「大丈夫」と言う私。けれど、君は聞き入れてくれなかった。


 強引にノートの山を奪い取り、職員室に向かい始める。慌てて奪い返そうとしても、君の方が運動神経がいい。ヒラリと私を避けた君は笑顔で私を見つめていた。


 『たまには頼れよ。いつも助かってるんだから』


 時間が止まった気がした。

 君にとっては、ただの感謝の言葉だったがしれない。それでも誰のどの言葉より嬉しかった。

 君はみんなに優しい。私も『みんな』のうちの1人なのだろう。

 勘違いしちゃいけないのは分かっている。でも何度言い聞かせても、あの時の君の笑顔が頭から消えない。



 みんな帰った放課後の教室で向かい合って座る私たち。

 部活のことや趣味の話。何気ない会話をしながら、茜色の教室で一緒に雑用をして。

 そして薄暗くなった道を2人並んで帰る。



 脳内で幾度となく流したシュミレーション。

全部、起こるはずがないただの夢物語だ。

 それでも動かす手はゆっくりになる。まるで君を待ちわびるかのように。


 パチン


 ホッチキスを止める最後の音がした。もう他に雑用はない。あとは先生に私に行くだけ。


 「……ふぅ」


 結局、今日も君は来なかった。

 茜色の教室には私にしかいない。その事実に全身の力が抜ける。

 この気持ちに名前をつけるなら、安堵なのだろう。


 今はまだこれでいい。シュミレーションをするだけで充分幸せだから。

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