2人だけの図書室

 怖い人。

 それが第一印象だった。鋭い目つきと明るい髪色。教室でも誰も近づかないし、彼も誰とも仲良くしない。


 だから、そんな一匹狼が私なんかに近づくなんて思いもしなかった。


 「……」


 カウンターに手をつき、座る私を無言で見下ろす。

 誰も利用しない放課後の図書室。静かな空間を独り占め出来るのが図書委員の特権だ。

 しかし、その環境が今日ばかりは裏目に出る。


 私、何かしたっけ……?


 誰にも助けを求めれないまま、必死に記憶を遡る。もちろん私は彼の気に触るようなことはしてないし、そもそも話したことすら一度もない。

 結局下を向いたまま、太ももに置いた手でスカートを握ることしかできなかった。



 「……忘れ物ない?」

 「え?」

 「だから! ここに本を忘れて、それ届いてないかって聞いてんだけど?」



 何の内容か分からず聞き返す。もちろん悪気はなかった。

 でも、反射的に顔を上げたその先には鋭い目つき。聞き返されたのが嫌だったのか、その表情は険しくなる。



 「ご、ごめんなさい! 今探します!」



 図書室のいたる所に貼られた『図書室では静かに』と書かれたポスター。

 彼に注意する度胸もないし、私も規則を守っている余裕はない。

 とりあえず、避難するようにカウンターの下に潜り込み、そこ置かれた忘れ物ボックスを漁る。そして、いくつかある候補の中からそれらしい本を手に取り、顔を出した。



 「……この本ですか? それともこの本ですか?」



 『金の斧銀の斧』みたいなことを言いつつ、2冊の本を並べる。

 片方はマンガ雑誌。もう片方は参考書を。


 多分このどちらかだ。両方とも彼が持っていても不思議じゃない。しかし、カウンターの上を見つめる彼の表情は怖いまま。

 片方の表紙をじっと見つめ、同じようにもう片方も見る。

 何度見ても本が変わることはない。それでも、彼の目線はカウンターの上を何度も往復させた。


 しばらくして顔を上げる。そして躊躇いながらも彼は口に手を当てた。



 「……」



 何を言おうとしているんだろう。

 囁く直前で固まってしまった彼は、唇を閉じたまま眉間にシワを寄せる。次第赤らんでいく彼の表情。耳の先まで真っ赤に染まったところで彼は囁いた。



 「……恋愛小説なかった?」



 彼のイメージとは違うから。そんな理由であえて出さなかった本。それこそが恋愛小説だった。

 再びカウンターの下に手を伸ばし、1冊の本を取り出す。

 その途端、彼の表情が変わった。



 「それ!」



 耳まで赤く染まった彼の目が大きく見開く。テンションが上がったその目は少年のような純粋だった。


 彼もそれに気付いたのだろう。軽く咳払いをし、元の鋭い目に戻す。だが一度目にした意外な表情は、脳裏から簡単に離れることはない。



 「いや、それお姉ち……姉貴の本で。読めってうるさいから仕方なく読んだだけで。でも家で読んでたらネタバレ食らうから、でも教室では恥ずかしくて読めないし、それで図書室で読んでて。それ無くしたらお姉ち……姉貴にキレられるから、本当不安で」



 聞いてもいないのに早口で捲し立てる彼。頭を掻いたり、視線を動かしたり。もう手遅れなのに、必死に誤魔化そうとしている姿は、少し可愛く思えた。


 一匹狼で誰も近づかない。静かに机に突っ伏す彼を遠巻きにしか見てこなかった。

 でも、もっと早く気づけたら、何か変わっていたのだろうか。


 実は恋愛小説を読んでいること。

 意外と周囲を気にしていたこと。

 家では『お姉ちゃん』と呼んでいること。


 話してみたら怖くない。それをクラスのみんなに知れば、彼の雰囲気はもっと柔らかくなるはずた。

 人気者になって、クラスの中心人物になって、私とは関わることはなくなって……



 まだ見ぬ未来に心がチクリと痛む。



 別に好きとか付き合いたいとか、まだそんな気持ちじゃない。

 ただ、私しか知らない彼の秘密をもう少しだけ独り占めしたい。



 「あ、あの……実はこの作者が書いた別の本がここにあるのですが読んでみますか?」

 「読む!」



 この場所でしか踏み出せない、私なりの一歩。そんな欲に塗れながら踏み出した一歩に、彼は目を輝かせて受け入れた。

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