帰り道の自販機
ジリジリと日差しが照りつける。
蝉は大合唱し、アスファルトからも夏の暑さが跳ね返る。日焼け止めを塗りたくった。それなのに、紫外線が肌に突き刺さる感じは消えない。
住宅街を歩く私たち。この時間は残酷だ。ほぼ真上から降り注ぐ日差しのせいで日陰はなくなる。
「あー、失敗した……日傘別のカバンに入れっぱなしだった。なんで忘れるかなー」
別に口に出すほどでもない内容。それでも夏の暑さが愚痴をこぼさせる。
「マジでそれ。次は俺の分も持ってこいよ」
「いや、1本しかないから。土下座してくれるなら入れてあげてもいいよ」
「ふざけんな。それにお前の日傘、小さかっただろ? あれじゃ2人は入らないって」
「確かにねー」
「はぁ……暑い」
そう言った君の手には、誕生日に渡したハンディファンが握られていた。
確か、いつも私のを横取りしてくるから、プレゼントにしたんだっけ? お揃いになると分かって同じメーカーのやつを渡したのに、後から恥ずかしくなったのを今でも覚えている。
私たちは付き合っているわけじゃない。小学生の時からよく遊んでいる仲。ただそれだけ。わざわざ言葉にしなくても、お互い分かっている。
もしも付き合ったら……
そんな未来を考えたことはある。一歩踏み出すだけで変わる未来。きっとその世界は甘くて、幸せで、かけがえのない日々になるはずだ。
でも、関係は曖昧なままがいい。
冗談は言いながら歩く帰り道も。お揃いのハンディファンで浴びる風も。君の隣で感じる夏の日差しも、蝉の鳴き声も、全部全部……
壊れたり、変に意識するくらいなら、私は喜んでこの気持ちに蓋を出来る。
それでいいし、それがいい。これ以上を望むのは贅沢だ。
「何か買わね?」
不意に後ろから声がする。振り返ると君は側にある自販機の前で立ち止まっていた。
ただ自販機を指差すだけ。そんなありふれた行動なのに、君の笑顔は眩しい。
「いいじゃん! 何にする?」
「どれにしよう……」
お金を入れて、自販機と睨めっこする君。そんな君に駆け寄り隣に並ぶ。
ラインナップ自体はありふれたものだった。それでも真剣に選ぶ横顔は、見ているだけで楽しい。
胸の奥で込み上げる優越感と淡い恋心。それをかき消すように一歩前に進み、適当にボタンを押す。
「あっ!」
ピッという機械音の後に下からジュースが落ちる音がした。
自販機を見ていた顔がようやくこちらを向く。案の定、その表情は険しい。
思った通りの表情を見せる君を私は「まぁまぁ」と落ち着かせる。
睨む君と宥める私。先に負けを認めたのは、もちろん君だった。
「まったく……」
諦めて取り出したジュースの蓋をプシュッと開ける。勢いよく飲む横顔は不機嫌であっても、本気で怒っているようには見えない。
「意外と美味い」
「本当? じゃあ私のおかげだね。感謝して」
「はいはい、ありがとう。お礼に一口あげる」
「え?」
「いいから、いいから」
多分、断るべきだった。それなのに体は素直に受け取る。
手渡されたペットボトル。君が口をつけて飲んだ物だ。
間接キス程度で恥ずかしがるなんて子供だ。分かっているのに、一度意識してしまった言葉は簡単には消えてくれない。
少し飲み口を見つめてから、思い切ってジュースを飲んだ。爽やかな炭酸が喉を通り、暑さにやられた体が少しだけ回復する。
味なんて分からない。今は顔が赤くなる前に君に返すだけで精一杯だった。
「……ありがと」
「な? 意外と美味いだろ?」
「……うん」
「で、お前は何する?」
「あー……別にいいかな。一口もらったし。とりあえず早く帰ろ」
すぐにその場を離れる。今は飲み物よりも、顔を見られたくない気持ちが強かった。
追いかけるように君の足音が近づいてくる。蝉の合唱がいつもより大きく聞こえた。
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