校内の菜園で
力加減を間違えた日差しが照りつける。
目の前に並ぶ青々とした植物たち。水やりをしたばかりというのもあるのだろう。葉に残った雫が日の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「暑いよねー。でも水浴びにはちょうど良いのかな?」
その場にしゃがみ、植物に話しかける。もちろん周囲の人はいない。
畑の場所も、部の存在も認知されていない園芸部。ほとんどが幽霊部員で基本的にいるのは私だけだ。
私だけの場所で好きなことをする。楽しいのは嘘じゃない。
でも、たまにこんな私に不安を感じる。
友達とふざけあったり、おしゃれしたり、誰かに恋したり。
教室にいるだけで聞こえてくる会話。価値観どころか世界観の違う内容に、私は少数派である事を知らされる。
高校生ならそういうキラキラした生活の方が普通なんだろう。少数派である私が合わせにいくべきなんだろう。
難しいのは最初の1歩。
踏み出してしまえば後は楽だと誰か言っていた気がする。私も頑張ればみんなと同じ普通になれるのだ。
「知ってるんだよ。違うのは私ってことは……でも、この時間が好きなんだよね」
誰にも言えない本音を植物に漏らした。
否定も肯定もしてくれない。ただ、そこにあるだけ。しかし感情を言葉にするだけで、少しだけ気分が楽になる。この感覚が好きだった。
乾いた風が吹き抜ける。遠くから聞こえる部活の音に混ざり、葉が音を奏でた。
皆が通う学校の皆が知らない場所。
私だけのお気に入りの場所に君は現れた。
「別に良くない?」
不意に聞こえた声。すぐさま顔を上げると、そこには野球部のユニフォームを着た男子が立っていた。
高い身長に日焼けした肌。坊主ではないけどかなり短い髪。落ち着いた性格でクラスの人たちから慕われている人気者だ。
何でこんな所にいるかは知らない。しかし、驚きや疑問より、聞かれてしまったという恥ずかしさが込み上げてくる。
「悪い。盗み聞きするつもりはなかった。そこにある一輪車? 荷物運ぶ手押し車みたいなの借りたくてさ」
そう言って近くを指差す。その先には邪魔にならないよう端の方に置かれた一輪車があった。
「ぜ、全然大丈夫……です」
「ありがとう。うちの部のやつが壊れたからちょうどよかった」
「そ、その……ごめんなさい」
一輪車を取りに行こうとする彼に頭を下げる。
別に悪いことはしていない。それなのに無意識のうちに謝罪の言葉が口から溢れる。
「気持ち悪かったですよね。1人で植物と話してるなんて。自分でも変だって分かってるんです」
「あー……確かに俺も初めて見たかも」
彼の顔は見えない。足元と土しか映していない視界でも困った顔が想像出来る。
分かっていた。
肯定してくれる可能性がないこと。
自分を曝け出しても引かれること。
結局相手を困らせて傷付いてしまうこと。
全部分かっていた。それなのにどうして言ってしまったのだろう。
ジャージの裾をギュッと握る。今すぐこの場から消え去りたかった。
「けど凄く楽しそうだった」
顔を上げる。泣き出してしまいそうな私を優しく見つめる目。そこに嘘や同情は感じない。
「表情が明るくて、柔らかくて。本当に植物好きなんだなって思うくらい。もちろん変わりたいなら応援する。けど今のままでも結構好きかも」
そう言って眩しいくらいの笑顔を見せる。
馬鹿にされると思っていた。変な人認識されると思っていた。
だからこそ、『好き』と言ってくれた彼の言葉が胸を弾ませる。
この言葉に恋愛的な意味はない。きっと数ある褒め言葉のうちの1つなのだろう。それは分かってる。でも
一輪車を取りに行く君。その後ろで緩んだ口元を手で隠した。
力加減を間違えた日差しが照りつける。熱を帯びた体は耳まで真っ赤に染めあげた。
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