相棒は肉食系
ふゆ
相棒は肉食系
突然の雨で、コンビニの軒先で雨宿りをしていた時、一枚の布が肩に落ちてきた。
普段なら、気持ち悪くて捨ててしまうところだが、雨に濡れたスーツを拭くのに丁度よかったので、雨粒を払い落とすと、そのままポケットに仕舞い込んでしまった。
帰宅して着替えていた時、ズボンのポケットから昼間拾った布が出てきた。
白地に黒い縁取りがある布だった。
「ハンカチかな?」
湿って厚みを増したような手触りがして、奇妙に感じたが、気にせず汚れ物と一緒に、洗濯機に放り込んだ。
「臭ぇんだよ!」
「えっ? 誰だ」
辺りを見回したが、誰もいない。
まさかと思ったが、洗濯機の中を覗き込んでみると、入れたはずのシャツやパンツや靴下がなくなっており、昼間に拾った布だけが、洗濯機の底に、へばり付いていた。
「臭い物と、一緒にしないでくれ」
俺は、驚き後退りした。確かに洗濯機の中から声がしている。
恐る恐る、もう一度覗き込むと、布が勢いよく飛び出し、再び俺の肩にとまった。
「怖がらなくていい、殺したりしないから安心しろ。それより、ちゃんと風呂に入れてくれないか」
「お前、喋れるのか」
「ああ、どんな言語でも話せる。物を消したり出したりもできるぞ」
洗濯機の中には、さっき脱いだ物が戻っていた。
俺は、その時ひらめいた。
ーーこいつは金儲けに利用できる。
今の仕事をキッパリと辞めた俺は、手品を始めた。
コインやボールに相棒となった例の布を被せ、消したり出したりする芸で、技をみがき、少しずつ人気のマジシャンになっていった。
相棒は、普段はおとなしく、何の変哲もない布だが、食事が必要だった。
雑食で何でも食べたが、特に生肉が好物だった。
驚くべきことは、成長することで、大きくなるにつれ、手品で扱える物も、大きくなっていった。
その頃になると、俺は、『ドン・トリック』と名のり、大掛かりな仕掛けのイリュージョンで、マスコミに取り上げられ、世の中に名が知れたマジシャンになっていた。
相棒も、どんどん大きくなり、自動車や建造物まで、消せるようになっていた。
その分、食事の量も増え、豚や牛を丸ごと食べるようになっていた。
そんなある日、マジックショーではないオファーがあった。
世界に名の知れた泥棒一家が、世界最大の黒ダイヤをあしらった王冠を頂戴すると予告してきたらしく、護って欲しいとの依頼だった。
これまで、警備の裏をかく神出鬼没の凄腕で、狙った獲物は必ず手に入れているらしかった。
依頼の内容は、犯行予告の時間に展示している博物館ごと消して欲しいというものだった。
『世界的泥棒一家と天才マジシャン対決』。
金の匂いがプンプンする。俺は、躊躇なく引き受けた。
大量の肉を喰らって大きくなった相棒を操り、川向こうにある博物館を消すと言うイリュージョンに、数百人の観客が集まった。
予告時刻の少し前、クレーンで吊り上げられた相棒が、ゆっくり博物館を隠すと、俺の掛け声でバサリと落ちた。
すると、博物館は、跡形もなく消えた。
観客の歓声が上がった。
俺は、中継のテレビカメラを睨み、両手を広げキメポーズをとった。
博物館のあった敷地には、清掃業者に扮した泥棒一家が、目を丸くして立ちすくんでいた。
警備員やら警察官が一斉に飛び掛かると、あえなく逮捕され、王冠は護られた。
その後、何事もなかったかのように博物館を元の位置に出現させた。
ドン・トリックのイリュージョンをからめた、世紀の捕物は、見事に成功したのだ。
カメラは、再び俺の勝ち誇った顔に、ゆっくりズームし、画面一杯に映し出した。
「ブラボー! いゃ~ 素晴らしい!」
試写室が明るくなると、拍手が巻き起こった。
「この『ドン・トリックのマジック大作戦』は、大ヒット間違いなしですよ!」
監督・脚本・演出・主演の俺は、ニヤリと笑った。
「ありがとう、皆さんの努力の賜物です。では、宴といたしましょう」
突然、目の前のスクリーンが外れ、客席のスタッフに覆い被さった。
骨が砕ける音と悲鳴が合わさり、試写室は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
「相棒には、随分働いてもらったからね。腹をすかせていたんだよ」
宴の食事が終わると、満足した相棒が言った。
「次は、どんなトリックで、ご馳走してくれるんだい?」
(了)
相棒は肉食系 ふゆ @fuyuhara
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