嵐の次に

嵐のような男が去った。残り香だけが後を引く。


「また今夜」その言葉に春蕾チュンレイは引っかかったようで。

彼が去った瞬間、美雨メイユイを再度ぎゅ、と抱きしめれば震える声で尋ねる。


「また今夜…って、なんだい…?毎夜会ってる、ということかい…?見ず知らずの男と…?」


最愛の人を無くす不安から、指先をガクガクと震えてしまっている。

そんな彼の様子を察した美雨メイユイは、震える背中を安心させるかのように、ポンポンと何度か優しく撫でてみた。


「んーん、私は行かないよ。確かにあの人は何処かで見たことのある顔だけど…夜はあの人のとこには行かない。店番もしなきゃいけないし!だから安心して?」


牡丹が華開くかの如くふわりと微笑む美雨メイユイの頬に触れれば、こちらも嬉しくなってきてしまう。笑顔の連鎖が起こり、切羽詰まった表情を宿していた春蕾チュンレイの顔にも笑顔が見えた。


「そう…かい…?ならいいのだけど…」


安心したように胸をなでおろすと、彼女にマーキングするかのように持っていたお香の粉を美雨メイユイの頭上に振りまいた。

刹那、彼女の白い手を取りその場で踊りだすかのようにクルクルと舞った。朝焼けに舞う蝶のように、春風に揺れる桜の花びらのように。

急な彼の香りに包みこまれた美雨メイユイの頬が、ぐぐぐ…と紅色に染まる。

狭い店内だが、二人だけの空間が生まれて心がポカポカと暖かくなるこの瞬間が、たまらなく好きだ。


「今度あの男が来たら直ぐに僕を呼んでくれ、使いの者も連れて飛んでくるよ」


彼女の髪にキスを落とせば、夕焼けに沈む太陽のような優しいまなざしを向けた。

同じ香りを纏った美雨メイユイが、何よりも愛おしくて。


『う、うん…』


心強いな、と嬉しそうな笑顔を春蕾チュンレイに見せた美雨メイユイの頬は、しあわせ色のピンクに染まっていた。



「…何よ、美雨メイユイのくせに」

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金木犀と蓮に牡丹。それから、溺愛してくる龍神の鱗。 梵 ぼくた @ututzoku

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