また今夜

は、っとした刹那、いつの間にか彼…暁明シァミンの身体から離れていた。

かすかに香る彼の残り香さえも心地よく感じてしまう。


不意に抱きしめられた相手…高級な素材をふんだんに使った、何処か近寄りがたい香りを纏った男性。自分と同じくらいの年頃だろう。

緋色の髪を短く切り揃え、すべてを包み込むような母なる海を流し込んだ蒼い瞳。

美雨メイユイの鼓動が、一瞬にして高鳴った彼こそ。


春蕾チュンレイ…!?なんでここに!?』


この国の王子、春蕾チュンレイだ。

見るからに高貴な服装に身を纏い、ふわりと微笑むその姿さえも近寄りがたい。

腕の中で赤面する美雨メイユイの頬を指先で撫でてみれば、愛おしいものを見るような瞳で、じ…と見つめる。


「やぁ、今日は君の顔が見たい気分だったから来てみたんだけど…誰だい、彼。」


き、と暁明シァミンを睨んで見れば、今までに聞いたこともない程に低い声色で声をかけた。完全に敵対している声、威嚇…といったほうが早いだろうか。

そりゃ、美雨メイユイの顔が見たくなって店に行ったら、彼女が見知らぬ男に抱きしめられているのだ。威嚇の一つはするだろう。


「…お前に名乗ル名はねぇヨ、俺の美雨メイユイヲ取りやがっテ」


ち、と場が悪そうに舌打ちをすれば、春蕾チュンレイをギロリと睨む。

自国の王子くらいは知っているだろうが…この国の者ではないのだろうか。


「俺の?聞き捨てならないね。君は彼の物なのかい、美雨メイユイ?」


『っ…!?ちが…』


ぎゅ、と抱きしめられながらそんな事を耳元で囁かれては、頭がパンクしてしまいそうだ。咄嗟に首を振れば、ふわりと広がる彼女の香り。

確かに、自分は暁明シァミンの物ではない。しかし、何処かで会ったことがあるような…なんて言ったら、春蕾チュンレイが何をするかわからない。


「どうやら違うようだけど?第一、美雨メイユイに近づきたいなら幼馴染である僕を通してもらわなきゃ困るんだよね」


「なんデお前を通さナきゃなラねーんだヨ」


べ、と舌を出し挑発すれば、くるりと後ろを向いて扉へ足を動かした。

潔く諦めて帰るつもりなのだろうか…と思いきや、外に出た瞬間に立ち止まる。一回転して美雨メイユイの目を見ては、怪しくニコリと微笑んだ。


「今夜、まタ会おうネ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る