再会に涙なんて

唐突に現れた男。

客と名乗るが、開店前に現れる者なんて今までいただろうか。

この世を生きる動物の頂点に立つほどの美貌を持つ彼が、こんな寂れた店に何のようだろう。

調合中だった手を止めれば、無意識のまま彼の方へ足を運んでいた。


『はじめまして…?まだ開店前ですけど、よかったらゆっくりしてってくださいな』


ぺこ、とお辞儀をしては開花したばかりの牡丹のようにふわりと微笑んでみる。美雨メイユイの動きに合わせて広がる香りが、暁明シァミンの鼻を突いた。

…彼女の匂いだ。と舌なめずりをすれば、作業台に戻ろうと身体を回転させた美雨メイユイの細い手首を優しく掴もうと手を伸ばした。


ふと、回転の反動で宙に円を描いた髪。ソレに隠されていた項があらわになった。

5本の傷…何かに引っかかれた跡のような、不思議な形の傷跡。

蒲公英の色をした暁明シァミンの瞳孔が、きゅ、と縮んだ音がした。


彼女の匂い、項の傷跡。


「本物ダ…」


無意識のうちにそう口走ると、伸ばした手で美雨メイユイの細い手首を掴んだ。

…細い、前世の彼女も細かったが、今は細すぎないか?しっかり食事を取れていないのかもしれない。なんてネガティブな思考が一瞬頭を過ぎ去る。

手首を掴まれては、流石に困惑して後ろを振り返った。そりゃ誰だって不信感を抱くだろう。


『あの、どうしましたか…?』


「この香リ、君が調合してるノ?」


『はい!この香りだけは昔から得意で良く作ってるんです!』


首を傾げ、元気に受け答えするその仕草が、彼女にそっくりでつい声も出なくなってしまう。

美雨メイユイの百草霜色の髪が舞えば、彼女が調合したお香が広がる。

ごく、と暁明シァミンの喉がなった。捕食対象に向けるような鋭い視線。でも、愛おしい者を撫でるような柔らかな視線も混ざっている。


「…やっト見つけタ、俺だケの花嫁」


そう呟けば、蒲公英色の瞳を閉じて美雨メイユイの小さな身体を抱きしめた。

自身と29㌢も差がある彼女の身体は、すっぽりと覆いかぶさることができてしまう。そのサイズ感さえも愛おしい。

すん、と美雨メイユイの首筋の香りを嗅いでみる。金木犀のように心安らぎ、牡丹のように爽やかで甘い香りが腹に広がり…過去を思い出して涙が溢れてしまいそうだ。

白銀しろがね百草霜ひゃくそうそうの髪が混ざり合い、七夕に見れる天の川にも負けないような輝きを放つ。

項に走る五本の傷に、そっとキスを降らしてみた。

ちゅ、と小さくリップ音が鳴った。


『…えぁっ…!?』


唐突に抱きしめられて、声が出ない。それも、初めて会った異性に。

匂いをかがれ、項にキスをされ…。顔が良かったから殴らなかったが、流石に驚きすぎて身体が硬直してしまう。


「オレは暁明シァミン、キミの名を教エて欲しイ」


ばくんばくんと破裂するかと思うほどの勢いで動く心臓がうるさい。

彼の声も聞き取れず、逃げるにも逃げ出せないこの状況をどうにかしようと頭を動かしてみるが…駄目だ、完全に脳が焼かれてしまっている。


『ぇっと…その…私は…』


なんとか口を開き声を出そうとした瞬間。

聞き馴染みのある声が美雨メイユイの鼓膜を揺らした。


美雨メイユイ!大丈夫かい!?」

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