奇跡

「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


 それがゆうきの父であり永峰家の当主・永峰ひろきの口癖かつ遺言だった。


 永峰家は二年前まで大手ゲームメーカーとして格段に界隈における勢力を伸ばす一大企業だった。


 しかしその栄光が祟ったのか、何者かに屋敷へ火を放たれるという惨劇を呼び寄せた。

 ひろきの妻・弓実ゆみは家屋の下敷きになり即死。辛うじて炎に燃える家から救出されたひろきも救急車で病院へ搬送されたがすぐに死亡が確認された。


 例に漏れずゆうきも、屋敷からは救出されたが病院搬送後に息を引き取った、ように思われた。


 少女の心臓は確実に鼓動をやめた。しかし頭の中に何度も何度も声がリフレインする。


「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


「ゆうきは一人娘だから——」


 その時、少女の体を心臓の拍動が波打った。停滞していたはずの血流が徐々に血管を泳いでいく。規則正しく、脈を打つ。


 起きろ。

 目を覚ませ。

 起きろ。

 目を覚ませ。

 起きろ。

 目を覚ませ。

 起きろ。

 目を覚ませ。


 鼓動の声なき声に、少女は瞼を開く。ぼやけた視界には、驚いた様子の医師と数名の看護師。


「脈拍、戻りました。血圧も安定しています……!」


「奇跡だ……」


 それは、奇跡と呼べるほど優しいものではなかった。

 呪いと呼ぶに相応しかった。




 ゆうきは目覚めてすぐに自分が死人であることを悟る。死人でありながら未だ死に至らざる者——アンデッド。自分はアンデッドとしてこの世に不安定な生を受けてしまったのだと悟る。


 人を喰らわなければ生きられない、醜く愚かで邪悪な存在。


 ゆうきが生前よりアンデッドを敵視していたのは、友人を目の前で喰われた過去があるからだった。そして一人の人物により、自分の家族さえもアンデッドに襲撃されたことを知る。


 その事実を彼女に伝えた人物こそ、当時の永峰家の執事・佐々木瑛一だった。


「あれから私なりにあの日のことを調べました。そしてどうやら、火を放ったのは組織の幹部だった者らしいのです」


 つまりは内部の人間からの裏切り。あとから佐々木の調べで分かったことは、その裏切り者がアンデッドだったことである。


 彼はゆうきの父・ひろきにアンデッドであることを知られ、ひろきはアン対への通報をもちかけた。

 というのも、彼は社内の人間を片っ端から喰らっていたからだ。そのことに気づいた社長のひろきは彼に「自主退職を選ばなければアン対に通報し身柄を引き渡す」と迫ったのだという。


 男はその場で決断を躊躇いひろきには保留してほしい旨を伝えるが、裏では暗殺計画を練っていた。永峰家の人間を喰らわずに家に火を放ったのは、自分がアンデッドであることを周囲に悟られないようにするためと考えられた。

 結局、男はアンデッドであることを知られアン対に捕えられた。


 それが、永峰家を襲った惨劇の真実である。と佐々木はゆうきに一言一句たがわず伝えた。




 ゆうきはその話を聞き、両親を死に至らしめたアンデッドと同じ存在となってしまった自らの命を終わらせようとした。しかしそれを止めたのは佐々木の手と、父の言葉である。


「ゆうきは一人娘だから、大きくなったら素敵なお婿さんを見つけて、この家を守っていくんだぞ」


 残酷な遺言である。今となっては守る家すらないというのに。佐々木は見かねて、当時のゆうきにこう告げた。


「お嬢様さえ生きていれば、永峰の血筋が絶えることはないのです」


 その言葉は、絶望に打ちひしがれる少女を無理やり現世へと縛りつける足枷でしかなかった。それは佐々木にも分かっていたが、こういうセリフを吐きでもしなければゆうきが自死を選ぶだろうことが容易に想像できた。


 佐々木の予測どおり、ゆうきの死んだ命は彼の言葉を依代として脆く不確かな生命体となったのだった。

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死喰——Dead Eater 夜海ルネ @yoru_hoshizaki

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