私はもうお嬢様じゃない
「死ね、鈴村紫苑!」
超速でこちらに向かってくるゆうきの体を、紫苑は長剣で受け止める。そこで、ゆうきの表情が変わった。紫苑には、もう彼女の動きが読めている。
「っ……!」
そこからは怒涛の剣戟が繰り広げられた。互いの凶器が互いの頬や腕を掠め合い、浅い切り傷ばかりが両者の体に刻まれていく。
しかしそのどれも決定打とは呼べず、致命傷に満たない攻撃をひたすらに繰り返していた。
「あなた……どうして急にこの速さに対応が」
両者の動きが鍔迫り合いで止まり、微かに火花が散る中でゆうきが喉から声を漏らす。
「だんだん慣れてきた。ほら、観察してるから」
紫苑のセリフにゆうきは分かりやすく顔を歪め、不機嫌極まりないと言うかのように目尻を吊り上げた。
「調子にのるんじゃないわよ……!」
じゃりいん——! と剣と鎌まがいの凶器を重ね、削り合うと再び二人は数メートルほど距離をとった。
その隙に暁斗は咲織の元へ赴いて拘束を解こうとする。しかし、そこにどこかからぬらり、と一つの影が現れた。見るからに初老の男性である。
「っ……誰だ!」
いつかと同じ白煙が視界を占領し、暁斗は悟る。少女——永峰ゆうきの仲間だ。
「残念ですが、この娘を渡すことはできかねます」
「……佐々木!? どうして……!」
仲間か、と暁斗は思っていたが、違うのだろうか。ゆうきは佐々木と呼びかけた背中を明らかに鋭く睨みつけている。
「なんで来たのよ! そもそもどうしてここが分かったの!? まさかあとをつけてきたんじゃないでしょうね!」
「お嬢様、私はお嬢様をお守りするのが」
「だから、私はもうお嬢様じゃないって!」
声を荒らげるゆうきの様子に異変を感じ、紫苑は思わず剣を振る手を止めた。
「こいつらは私一人で片付ける。あなたはとっととどっかへ行ってよ!」
「……それは、できません」
「なんで……!? だいたいあなたは人間なのよ? どうしてアンデッドに仕えようとするの!」
「人間だと……!?」
暁斗は思わず男性を見た。見た目では分からないが、たしかにアンデッド特有の黒い眼球も金色の瞳孔も携えていない。それらは普段隠すこともできるが、それ以外にも彼をアンデッドと決定づけるたしかな証拠がなかった。
あるいはゆうきが男性を守るための嘘をついているのか、とも疑えるが、それにしては彼女が男性を忌避しようとする表情に胡散臭さは見られない。
ならば本当に、男性は人間なのだろうか。もしそうなら、なおさらなぜアンデッドであるゆうきを守ろうとする行動に出るのか不可解だ。
「お嬢様は、何があろうとも私がお守りすべき方なのです」
男性は渋く深みのある声で、言葉を落とした。
「だからもうお嬢様じゃ……」
そう。永峰ゆうきはもう、佐々木の主人などではない。
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