はったりが下手ね

 咲織は目覚める。しかし、そこは真っ暗闇だ。遅れて自分の頭には目を覆うようにして布が巻かれているのだと気づく。次いで自分の手首、足首も何か——恐らく椅子に縛りつけるように固定されていた。


 記憶を遡って、自分はあの少女に巧みに騙されたのだと知った。一体何が目的で、と逡巡したがその理由はひとつしか思い当たらない。


「紫苑……」


 思わず涙が出そうになる。あれだけ心配していた親友なのに。まさか自分のせいで、彼女に迷惑をかけることになるなんて。

 唇を強く噛み、とりあえずやみくもに喚いた。


「誰か! 誰かいないの! ここはどこよ、私を捕まえたところで紫苑たちは来ないわよ!」


「はったりが下手ね、月島咲織さん」


 咲織はハッと口をつぐみ、黙った。昼、下校途中に会った少女の声だ。


「あなた……一体何が目的なの」


「決まってるじゃない、彼らが見ている目の前であなたを喰い、そのあと彼らも喰ってやるの。せっかく人間を喰うんだから。あの時のお返しに特別なショーを開いてあげる」


 始業式、紫苑と暁斗が遅れて学校にやってきた日のことを言っているのだろうか、と咲織は推測した。はったりが下手だと言われたが、痛いところを突いている。咲織の知る限り紫苑は、自らの保身のために親友を見捨ててくれるような人間ではない。


 願わくば、彼女の声をこの場で聞きたくはないのだが。そう思っている矢先、咲織の耳に望ましくない声色が飛び込んだ。


「咲織!!」


 馬鹿か……咲織は心の中で毒づいて項垂れる。慌ただしく響く二人分の足音。その足音が止まって、自分が大好きな幼馴染の声が聞こえてしまった。


「本当に、はったりが下手ね」


 少女が嘲るように笑う声が聞こえる。


「来たわね、山田暁斗、鈴村紫苑。せっかくだから自己紹介でもしておくわ。私は永峰ゆうき。今夜、あなた達三人を喰らうアンデッドの名前よ」


 眼球が黒に染まり、瞳孔は金に光る。


「どうして咲織を……!」


「決まってるじゃない、あなた達をおびきだすため。人間ってバカね、助け出せる望みが百パーセントでもないのに、アホみたいな面を引っさげて呑気に墓場へやってくる。薄っぺらい友情に殺されるのよ、あなた達は。ここまでくるともはや可哀想で、心が痛んでしまうわ」


「てめえ……!」


 暁斗が声を荒らげるが、少女は余裕ぶった表情で高らかな笑い声をあげた。


「アハハハハっ! あなた達に何ができるのかしら? 生前私はドラマを好んで見ていたけれど、誘拐ものでありきたりなシーンがあるじゃない。報復したい相手を精神もろとも潰すために、人質を痛めつけるっていう、アレよ」


「ふざけないで! 咲織に手を出したらどうなるか」


「あら……そんな呑気なこと言ってられるの?」


 ゆうきはいつかと同じあの凶器を右手に携えてにたりと笑う。その凶器は、拘束された咲織の白い首筋へと迫った。


「し、おん……?」


 咲織の声が途切れ途切れに、震えながら発せられる。


「逃げて、わたし、見捨てていいから……」


「そんなことできるわけないでしょ!!」


 紫苑は涙混じりに掠れた声を叫んだ。


「そんなことできない、今、今助けるから」


「しおん……無理だよ、アンデッドに勝てるわけない」


 咲織の声が見知らぬ廃墟らしき場所でこだまする。力なく、低い声が。


「……勝ってみせるよ。私は、デッドイーターだから」


「え……?」


 紫苑の声に咲織は疑問で返した。デッドイーターって、なんだ……?


「黙っててごめんね。私、アンデッドとそれなりに戦える人間なの」


「アンデッドって……だって、普通の刃物じゃ傷ひとつつかないってニュースで見たよ? 紫苑、何言ってるの」


「待ってて、咲織。必ず助けるから」


「あら……ずいぶんと強気なのね。あの時は腹を貫通されていたけど、今日はどんな醜態を晒してくれるのか楽しみ……!」


 紫苑は拳を強く握り締め、右手に剣を召喚した。暁斗は半歩下がり、紫苑の背中をじっと見つめる。


「紫苑、見せてみろ。修行の成果を」


 やってやる。心の中でひとつ、言葉を吐いてから紫苑はゆうきを見つめた。


「遅い」


 が、気づいた時には、ゆうきの口は紫苑の耳に寄せられ低く冷たい声が発せられていた。


「ぅあっ!」


 腹に思いっきり打撃を受ける。速すぎて何が起こったかまるで分からない。体勢を立て直さないと、思いながらも体が軽々飛ばされてガラクタが無造作に積み上げられた山へと背中からダイブした。


 剣を動かす間もなかった。自分が地を蹴り出そうと足に力を込めた瞬間には既に、ゆうきの顔がすぐそばにあったのだ。


「ねえ、遊んでるつもりー? まだほんの小手調べでしょ、こんなんじゃ彼女の前にあなたが先に死んじゃうかも」


「紫苑!」


 咲織が音高く叫ぶ。


「平気……まだ、全然……」


「嘘、嘘だよ。山田くん、紫苑を助けて!」


 咲織が叫ぶが、暁斗はその場から動かなかった。


「アハハっ! 薄情な人ね、山田暁斗。このままだとこの子、死ぬわよ?」


「死なねーよ。あんなのはかすり傷だ」


 暁斗は冷静な目で、紫苑が飛ばされた方を見やる。

 ガラクタの中から、血まみれの紫苑が顔を出す。


「かすり傷? 冗談でしょ、あんなに血に汚れてるじゃない」


「かすり傷なんかじゃない」


 紫苑は立ち上がり顔を上げて、ゆうきの姿を捉えると同時ににやりと口角を上げた。


「かすってもいないから」


「……痩せ我慢のつもり? 見苦しいったらないわ。なら望みどおり、さっさとあの世へ送ってあげる……!」


 ゆうきは不機嫌そうな表情を見せるとすぐに戦闘狂じみた目で再び紫苑と間合いを詰める。

 その時には既に、紫苑が負った傷はすっかり治っていた。

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