心配になりませんか?

「そっかー、紫苑と山田くんがねえ。なるほどなるほどー? まあ、ちょいと心配だけど山田くんを信じるしかないなあ」


 咲織は独り言をぶつぶつ呟きながら家路を辿っていた。

 今までずっと胸につかえていた疑問はそこそこ解消され、今ならなかなか喉を通らなかった食事も楽しめるだろうと思う。


「ねえ、そこのあなた」


「ん?」


 その時、咲織の背中に少女の声がかけられる。咲織は振り向き、自分よりもいくらか背の小さな少女を見下ろして首を傾げた。


「私に何か用ですか?」


「鈴村紫苑と山田暁斗について、興味はない?」


 咲織は眉を顰めて少女に向き直る。


「どういう意味?」


「お友達なのでしょう? でも、隠し事をされているみたいね。気にならないの?」


 なんでそんなことを知っているのか。そもそも紫苑の知り合いに自分が知る限りこんな少女はいなかったはずだ。咲織の脳内をさまざまな猜疑が埋め尽くしていく。


「あなた、誰?」


「鈴村紫苑と山田暁斗について、あなたよりも知っている者、かしら」


「……怪しすぎるんですけど。私は『いかのおすし』を破ったりするような人間じゃないからね……! 知らない人にはついていかないから!」


「あら、心外です」


 少女は残念そうに眉尻を下げるが口角は上がったままだ。


「紫苑さんがあなたに隠していること、今なら見れるというのに」


「え……?」


「うふふ、アンデッドが関わっていることは知っているのでしょう? 彼女は今まさに、そのアンデッドに襲われている真っ最中。いくら山田暁斗がついているとは言え……さすがに心配になりませんか?」


 少女は変わらず微笑をたたえて咲織に歩み寄った。


「私があなたを、二人がいる場所へとお連れして差し上げましょう。遠慮はいりませんよ、月島咲織さん?」


 いつの間にか少女に対する猜疑が、「気になる」の文字にすり替わっていた。一度その思考をほんの少しでも抱けばあとは脅威の感染力で脳内の思考を染めていく。


 少女が咲織を誘導するのは、それほど難く

はなかった。




「おい、紫苑!」


 夜になりいつものようにアンデッドを屠っていた紫苑のもとに、暁斗が慌てた様子でやってきた。


「あれ、今日は近くで見てなかったんだ。そんなに慌ててどうしたの?」


「お前の……友達……」


 暁斗は膝に手をついて息を切らしながら途切れ途切れに言葉を吐く。

 紫苑はその言葉の続きを首を傾げながら待つ。


「月島が……攫われた」


「え?」


 紫苑の目の色が変わった。暁斗を見ているのにその情景ではなく俗世から切り離された異空間を見つめるような虚な光だけがぼうっと宿っている。


「どういうこと」


「あいつだ、俺たちが始業式の日に喰らいかけた、あのガキのアンデッド。あいつに攫われた」


「どうして……」


「俺たちの周りを密かに嗅ぎ回っていたらしい。くそっ、見かけによらず陰湿なことしやがる……」


 暁斗が悔しそうに顔を歪める中、紫苑は呼吸すら忘れて虚空を見つめた。

 どうして、いやだ、どうして、なんで、くわれる? さおりはくわれる? いやだ、どうして、いやだ、いやだ、どうして、くわれる? いやだ、だめだ、そんなのはだめだ、どうして——。


「——紫苑!」


 はっと紫苑が息を呑んだ時、目の前には暁斗の目があった。


「落ち着け。一旦落ち着くんだ」


「落ち着いてなんて……いられない、どうしよう、咲織は幼馴染なの、ねえどうしたらいい? 私どうしたら」


「助けに行くんだ」


 暁斗は手に握ったカードらしきものを紫苑の顔の前に掲げて言った。

 紫苑がそのカードを受け取り書き連ねられた文字を読み上げる。


「『鈴村紫苑、山田暁斗。君たちの友人は私が攫った。私が彼女を喰ってやる。助けたければ二人だけで下の住所まで来い。赤目の少女』」

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