俺が保証する

「話ってなんだ? 月島」


 昼休みはあと十分で終わるという時、咲織は人気の少ない校舎裏に山田暁斗を呼び出していた。

 暁斗は頭を掻きながら咲織のレモン色のボブヘアを見下ろす。


「紫苑の、ことなんだけど」


「紫苑? なんであいつのことを俺に?」


 咲織は表情を少しくしゃっと歪めて、拳をそっと握る。


「あの子が……話してくれないから」


「それは、知られたくないから話さないんだろ」


「でも私は、どうしても知りたいの! お願い山田くん。山田くんは何か知ってるんだよね? 紫苑が危ないことに巻き込まれてないかどうかだけでも教えてほしい、そうじゃなきゃ私、不安で仕方なくて……」


 暁斗は難しい顔をして悩んだ。咲織は真剣だ。その表情から本当に紫苑のことを心配しているのだろうことを読み取るのは容易い。


 だが、アンデッドやデッドイーターのことを簡単に一般人に教えるのはリスクが高すぎる。

 デッドイーターはアンデッドと渡り合える唯一の人間。その存在は希少で価値が高い。アン対にとって最も欲しい存在とも言える。が、組織に見つかり捕まれば自由は奪われ、一生組織の奴隷としてアンデッドを喰わされるだろう。だからデッドイーターは基本的に社会から身を潜めている。


 普通の人間にやすやすと情報を漏らすわけにもいかないのだ。


「……俺はひとつしか教えない、それ以上は何も聞くな。追求するな、忘れろ」


 暁斗の言葉に咲織は静かに、だが力強く頷く。


「あいつは今、たしかに危険な状況にある。だが、安全は俺が保証する」


 咲織の表情は一変した。目が見開かれた。呼吸が速くなった。ほんの少し体が震えた。


「そっ……か……やっぱり、そうなんだ。紫苑は、アンデッドと何か関係があるんだね」


 こうなることを予測できなかったわけではない。暁斗は咲織をそこまで鈍感な人間だと甘くは見ていなかった。その上で伝えたのだ。

 彼女は悟っただろう。暁斗がウワサ通りアンデッドと関わりがあるのなら、その暁斗と関わりをもつ紫苑もまた、アンデッドと何かただならぬ関係があるのだろうことを。


 だが暁斗は彼女を信じた。彼女は紫苑のためを思って行動できる人間だと。だから全ては伝えずとも、「心配はいらない」ということだけは伝えた。それによって事の一部を知られようとも。


 彼女はきっとアン対に通報したりもしないだろうし、クラスメイトに言いふらしたりもしないだろうと暁斗は信じた。


「教えてくれてありがとう、暁斗くん。紫苑が言わなかったことだから、きっと知られたら良くないことなんだよね。私、このこと誰にも言わないから。それは安心して欲しい」


 だろうな、そう思いながら暁斗は微笑して頷いた。


「月島が理解ある奴で助かったよ。それが紫苑のためにもなる」


「ところで山田くんって、紫苑の彼氏なの?」


 が、まさかそんなことを聞かれるとは思わず暁斗は呆けた顔で固まってしまった。


「はっ?」


「最近一緒にいるところよく見かけるからさぁ……紫苑のこと好きなのかなあと思って」


「な訳ねえだろ!」


 思わず出した大声に自分でびっくりして、暁斗は口をつぐむ。そのあと小さく、「わりぃ」とつぶやいた。


「あはは、まあ紫苑、顔は整ってるから高嶺の花っちゃ高嶺の花よねー。大丈夫だよ山田くん、私、応援するから!」


 何が大丈夫だ、と心の中でツッコミを入れながら軽く咲織を睨むが、本人は何も気にしていないのか呑気に親指を立てて顔の前に掲げてみせる。やっぱこいつ鈍感か? と暁斗は先ほどの自分の勘を疑い始めた。


「付き合ったら言いなさいよー? 私、二人は結構お似合いだと思うんだよね!」


「そうですか……」


「もー、男ならシャキッとしなさいよー!」


 バシンッと背中を叩かれて、暁斗は咲織に苦笑を返すことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る