どうして隠すの

「ねえ、紫苑?」


 月島咲織はこのところ、ずっと紫苑を気にかけていた。事情も説明せずに「早退する!」と教室を飛び出したあの日から、彼女は明らかに変わってしまった。

 それにそのあとを慌てた様子で山田暁斗が追いかけて行ったのもはっきり見た。

 紫苑は、明らかに何かを隠している。そんなに自分は何かを打ち明けるには頼りない存在なのだろうかと、少し落胆せずにはいられなかった。


「どうしたの、咲織?」


「紫苑さぁ、何か隠してない? 危ないことに巻き込まれたりとか……」


 咲織は声を潜めて紫苑に話しかけるが、彼女はどこかうわの空で真剣に話を聞く様子はない。


「ねえ、私これでも心配してるんだよ? 紫苑このところ話しかけても無反応なこと多いし、それにあの日のことだって説明してくれないじゃん……山田くんが紫苑の後を追いかけたのだって、私見たんだよ? どうして隠すの……私ってそんなに頼りないかな……」


 自分で言いながらまるで別れを切り出される側のしつこい恋人のようだと思えてしまう。


 だが紫苑を心配していること、危ない目にあっているなら自分にできることなら何でもさせてほしいし、相談してほしいこと。

 それをうまく伝えるのに回りくどい言葉を器用に使うことは咲織にはできなかった。


 紫苑は咲織の言葉にやはり何か迷っているようだった。幾度か目を泳がせてみたり、俯いてみたり、口を開きかけてみたりしているがその口から言葉は一向に出てこない。


「……言えないなら、いいの。無理やり聞いてごめんね」


 幼馴染だから、知っている。自分がこれほど詰め寄っても紫苑が口を開かないのにはそれなりの理由があるのだろう。ならば、むやみにその口をこじ開けることは咲織にはできない。


「……ごめん。私、咲織に甘えてばっかりだね」


「ふふ、そんな顔しないでよ。何かあるんでしょ? ……でも、気をつけてね」


 咲織は声色を変えて紫苑に言った。紫苑は何に? というふうに首を傾げる。


「山田くんのウワサ。紫苑、本当に聞いたことないの?」


 そういえば、と紫苑は思い出す。始業式の日に咲織の言っていた「ウワサ」について、なんだかんだ忘れていたのだ。


「ああ……うん、聞いたことない。どんなやつなの?」


「えっとね。……彼がアンデッドと戦うところを見たって人がいるの! 一時期はクラス中、そのウワサで持ちきりだったんだから!」


 ああ、そのことねと紫苑は危うく言いかけて、慌てて口をつぐむ。そして幾度か小さく呼吸をしてから、


「そ、そうなんだ。こわいね……」


 と平然を装って返す。そのウワサは真実だろう。暁斗め、自分にはアンデッドと戦っているところを他人に見られるなと言っておいて、自分は見られているのかと紫苑は教室の隅にいる彼をこっそり睨む。


「でしょー? 最近クラスの人、怪しいよね! 山田くんも藤代さんも、何かに取り憑かれちゃったのかな?」


 咲織が楽天的でよかったなと、紫苑はしみじみ実感する。


「ん、どしたの? 紫苑」


「う、ううん? なんでもない」


 咲織の問いに苦笑いで返すと、紫苑は思い出しついでにまた新たにひとつ思い出す。


「あ、今日お昼委員会の集まりがあるんだった! ごめんね、もう行かなきゃ!」


「あ、うん」


 手早くお弁当を片付けて紫苑は教室を飛び出した。

 その背中を、咲織はどこか真剣な表情で見つめていた。

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