自宅警備の終わり
この世界にダンジョンが生まれて、二千年の月日が流れた…
富や名声を求めてダンジョンの露と消えた命も数知れないが、それ以上に多くの恩恵を人々に与えてきた。
錬金術師でも作れない程の効果の高いポーションや、ダンジョンでしか手に入らない素材や、神々しか与える事の出来ないスキルでさえスキルスクロールという巻物で手に入れる事ができる。
魔法が使えない者が蔑まれていた世界は過去となり、魔法適性というモノ自体が消え去った妖精族の固有スキルである〈初級魔法スキル〉という各属性の初級魔法を扱えるスキルだとの研究が発表され、更なる高みを目指す為の魔法の研究が進み、魔法が貴族や一部の者だけの特別なスキルではなくなって、かなりの年月が過ぎた。
今では、以前より世界に魔力が満ちて威力の強い魔法を使う術者が現れ、特定の属性の特定の魔法のみを使える様になる魔道具もダンジョンで手に入ったり、簡易版であればダンジョン産の物より耐久力に劣るが、ダンジョン産の物より安価で錬金ギルドでも購入できる様になり中級の冒険者あたりであれば十分それが手に入るので、それらを購入し身につければ魔法スキルが無くても魔道具の魔法回路に魔力さえ流せれば、その回路に応じて風の刃を放ち土の壁を地面から生やすことも可能となる。
しかし、そんな強い魔法を使わないと倒せない魔物が増えたというのもまた真実で、人類は強さを求めてダンジョンに潜り、また強さの証明をするかの様に未開の大地を目指し生息範囲を広げる。
それが、世界を育てる為の神々の試練とも知らずに…
そして、この二千年で、様々な事が有った…
それこそ初めの百年は手探りでダンジョンを作り、育てる為に、必死に各国と力を合わせて様々な働きかけをした…
相棒のナッツと同じ時間を歩み、仲間達の為にいろいろと頑張ったのだが…
しかし、同じように子育てをしたナッツは、やがて年を取り、ウチの長女とナッツの長男が結婚して孫が生まれる頃には、相棒はかなりオッサンになっていた。
そう、俺自身は種族としては魔力が強いだけで、長寿ではあるが百年少しで死ぬ魔族なのだが、我々ダンジョンマスターやサブマスターは不老不死なのである。
ダンジョンマスターになれば誰でも不老不死になれるので、ナッツに何処かのダンジョンマスターにならないか?と聞いたのだが相棒は、
「キース様…申し訳ありませんが、私は悠久の時を生きるという恐怖に勝てません…ただ孫の成長をエリーと共に…」
と…そのあとは、ただ俺に、
「すみません…」
とだけ言って涙を流す…
それは、ナッツの弟子も成長し立派な冒険者となり、その弟子の一人である義理の弟のロイド君…いやもう今はアゴヒゲを蓄えたロイド殿は、冒険者ギルドマスターをしている事に満足をしている人生を歩んでいる相棒だが、知り合いも一人、また一人と天に召されて、友の死を目の当たりにしたナッツは、見送る辛さを知ったらしく、これから先に何千、何万の友を見送る事になる俺の為に泣いてくれた。
それから十数年…ナッツが天に召された…
その頃からだろうか…以前よりダンジョンの外に出なくなり、ダンジョンの最下層で、ダンジョンのバランス調整に明け暮れ、家族と呼べる者とだけ過ごした。
やがて成人を迎えた娘や息子は世界が見たいと旅立ち、旅先でパートナーを見つけて結婚してその地に根付いたり、中には相手を連れてダンジョンに戻り、地上の人間には、『新たに発見された』と言われる、異世界と融合し広がった土地にダンジョンを作りダンジョンマスターとして暮らしたりしていたのだが、俺もシーナさんも、外の世界に出た実の子供達が天寿を全うするのを見送ることに耐えられなくなりそうだった…
しかし、もうその事を相談できる友も居なくなり、教会の上層部と各国の王家ぐらいしか俺達の事を知らなくなるのに、五百年もかからなかった。
そんな時に、各地のダンジョンマスターをしながらも、ことあるごとに転移して集まり、俺達を支えてくれたのがヒッキーちゃん達であった。
正直、皆も生き続ける事に飽きてしまっているのかも知れないが、そんな中でもずっと寄り添い、励まし続けてくれたのが、元ナビゲーターの姉弟と元ガーディアンズのメンバーである…
シーナさんも俺と同じように、精神的に参っていた時期も有ったのだが、誰が始めたのか小型ガーディアン達が使い魔と呼ばれる魔法生物となり、ダンジョンから旅立つ息子や娘は、使い魔の子供を連れてダンジョンから旅立つ…使い魔は契約をした主人と魂でつながり、主人がその命を終える時には、使い魔も死ぬのだが、使い魔の死はその使い魔の母に伝わり、最後の力で主人の遺品を母の使い魔まで転移させる能力があり、その能力で、息子や娘は、いかに幸せな人生だったかを手紙で伝え、悲しまないで欲しいと願ってくれた…
『魔族は他の種族より少しだけ長い人生ですが、その少し長い人生のおかげで孫や、ひ孫も生まれて、この腕に抱き、ついでに死に向けた準備も十分出来た…』
と長い長い手紙をくれたのだ。
その手紙を読む時には、俺とシーナさんの子供は既に天に召されているのだが、旅立ってからの初めての手紙…哀しみよりも子供の辿った人生を目にして、喜びと安堵の気持ちがわいてくる。
そして、毎回のように最初で最後の近況報告の手紙は、『幸せでした。』と感謝の言葉が書いて有った…
この手紙のおかげで俺達は何とか堪える事が出来た。
そして、千年を越える頃から、子供を作ることも無くなったが、シーナさんとはラブラブだったのだが、やはり何処か皆に取り残された様な寂しさが有ったのは確かだった…
しかし、あえてその事に気が付かないフリをしながら過ごした。
そして、千年を過ぎてからは比較的早く感じた…それは地上の世界とあえて距離を置き、たまにくる我々魔族の神様であるランドル様からのメールや、ルヴァンシュ様からの地上の報告や、チャチャさんと一緒に神界へと上がったマシロ様との無駄話の様なメールのやり取り以外は、ダンジョンの事だけに集中したからである。
そして、ダンジョン管理をはじめてから地上では、何度か異世界とつながり、小規模ながら土地が増えて、新たな魔物や、言語も文化も違う国が現れたりして、人々は知らない魔物から町を守る為の戦いや、他国との戦争を繰り返しながら文明を発展させて行った。
神々の会議の結果や不慮の事故でこの世界は異世界と繋がりながら広がり続けていたが、俺達は地脈の浄化の為に、人々が強くなる様に導き、ダンジョンの魔物を倒せる様にも上手くダンジョンの調整も出来たと思っていた。
そして俺は突発的…いや、長年考えていた事を神々に提案したのだった…
それから様々な調整をして、遂にその時が来た。
「マスター!やっぱり止めませんか?!
今なら無しに出来ますよぉぉぉぉぉぉ!だからぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
とヒッキーちゃんが俺にしがみつき泣いているのだが、俺は、
「ヒッキーちゃん、やっと神様から卒業して良いってお許しが出たから…」
というと、ヒッキーちゃんは、
「だって、だって!
ほら、ボッチ君も何とか言ってよ!!」
といってゴネている。
俺は、
「ヒッキーちゃん…もう前から決めていたんだ…俺がグランドマスターのままでは次に進めない…
俺の知識なんて、ダンジョンコアに全て入っている。
既に二千年経って、この世界には俺の知らない事が山ほど有るから、この世界で一番賢い学者みたいな人を神様が探して、永遠に研究を続けれる研究所としてダンジョンマスターになってもらう予定だよ」
と説明する俺に、ヒッキーちゃんは、
「いぃー、やぁー、だぁ~!
だってマスターがグランドマスターで無くなったら、百年もせずにヨボヨボで死んじゃうんだよ!!」
とジタバタしているのだ。
シーナさんも、
「ヒッキーちゃん、やっと私達の人生に戻れるの…だから、笑顔で送り出して…」
と優しく諭すと、ヒッキーちゃんは涙を拭いながら立ち上がり、少し悔しそうな顔をしながら暫く涙を堪えて、再び俺とシーナさんにしがみつくと、
「マスターの代わりに暫くはグランドマスターをやったげます…
もし、世界がイヤになったら帰って来てくださいね。
若返りポーションだってあるから大丈夫ですから…
たまにお手紙下さいね。
近くのダンジョンに入ったら解る様にしておきますから…
あと、あと…やっぱりイヤだよ…」
とまた泣き出すヒッキーちゃんに俺は、
「じゃあ、新しいグランドマスターのヒッキーちゃんに宿題だよ。」
といって、ヒッキーちゃんに優しく、
「メイドゴーレムのコアがボッチ君と結婚できる様にしてあげて。」
と頼むと、ダンジョンコアのアバターの様なメイドゴーレムのコアが、
「マスター…ご存知だったのですか?」
と驚いたような声をだした。
前々から仲が良さそうとは思っていたが、機械的なコアが、二千年という年月の蓄積で、ここ最近急に人間性らしくなって来たのと同時に、あまり感情を表に出さないボッチ君も最近表情が豊かになって来ていたのだ。
手を回さずとも、何とでも成るが、あえてヒッキーちゃんに任せて、彼女の意識をそちらに向けたかったのだ…
何故ならばこれ以上泣かれたら、覚悟を決めたはずだが、こちらも泣いてしまいそうだ…
俺はヒッキーちゃんを撫でながらコアに、
「ダンジョングランドマスター権限をヒッキーちゃんに、メインダンジョンのサブマスター権限をシーナさんからボッチ君へ移して。」
と頼むと、コアは、
「イエス、マイマスター」
と答え、俺とシーナさんはただの魔族へと戻った…
これからはシーナさんと世界を巡り、何処かで根をおろして畑でも耕して暮らそうと思う…
やっと今世での人生が始まった気がする旅立ちをシーナさんと歩めることを幸せと感じて…
「ヒッキーちゃん、サイラスの近くのダンジョンの一階層までお願い』
というと、ヒッキーちゃんは、
「マスター、武器は持ちましたか?」
と聞いてくる。
「この二千年で色々なスキルを取得したし、アイテムボックスにも、マジックバッグにも色々入ってるよ」
という俺にヒッキーちゃんは、
「二千年も引きこもっていたモヤシっ子に外の世界は危険だからフルポーションも持って行って下さい!」
と、ダンジョンポイントを早速使い、マジックバッグにフルポーションをグイグイ押し込みながら、
「旅のご無事をお祈りしております…私のマスター…」
と俺に抱きついたあと、ヒッキーちゃんは、
「さぁ、ビュンと飛ばしますよ!」
と元気な声と共に皆の姿が消えて、俺は草原の様なエリアにシーナさんと二人で立っていたのだった…
これは世界にダンジョンが出来るまでの物語…自宅警備スキルとその保持者の長い長い日々のお話…
そして、新たなる世界への旅立ちの物語である。
〈自宅警備〉というスキルしか有りません ヒコしろう @hikoshirou
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