第8話 おまけ<後日談>


 もう一人の王子の愛の口づけで、泡となって消えずに済んだ人魚の姫パール。

 彼女は今、いくつもの白い布をはためかせる帆船でレオン王子の母国へ入港するところだった。


  *

 

 船の舳先で風を感じながら、優しい潮風を浴びパールとレオンは話をしていた。

 レオンは、首元を緩めた白いシャツに上着を肩から掛けるだけのリラックスした装い。


 パールは、彼が選んだ緩いドレープを描く淡い水色のドレス。シンプルではあるが、それが彼女の美しさを引き立てているとレオンは満足げに見つめた。

 その視線に照れながらパールは隣に立つレオンに問う。


「あの、私……。ここに来てよかったのでしょうか……?」


 長い間、海の下で暮らしていた人魚の姫君だが、半年も人間の世界で暮らせば世間知らずではいられない。

 人間の世界には、身分と言うものがありそれを超えての交友や恋愛は歓迎されないことは承知していた。

 海で拾われ城で働くことになったパールも、何度となく身分が違うのだからわきまえるようきつく言われたものだ。


 国が違うとは言え、隣国の王子の婚約者として身寄りのないただの娘が入国することが許されるのだろうか?

 それ以前に、片思いが破れたばかりなのに、すぐに次の恋などしていいのだろうか……?


 パールは、港へ近づくにつれ不安で押しつぶされそうだった。


「心配するな。俺が付いている」


 ポンと頭を撫でられ、顔を上げるとレオンと目が合う。

 いつもは深い蒼色の瞳が、太陽の下では鮮やかな海の色に輝きパールを真っすぐに見つめていた。

 レオンの熱い視線に慣れないパールは、跳ね上がった心臓を抑えながらこくんと頷いた。


「さあ、もうすぐ港に入る。

 ずっと君に見せたかった、俺の国だ」


 指さす先には、真っ青な空の下、白い壁に赤いレンガの瓦屋根の家々が連なっている。

 はためくバザールの白いテント。ブーゲンビリアの赤い花。高く積まれたオレンジの山。

 行きかう人々の活気にあふれ会話が風に乗って聞こえてくる。


「俺たちの国は力強い息吹を感じるだろう?」


 パールは、色鮮やかな色彩の港町に感嘆の声を漏らした。


「素敵です……!

 世界は、広いんですね」


 たった一人の人に振り向いて欲しくて、それだけが望みだった時とは違う。

 すべての物を人をもっと近くで見たい。知りたい。

 海の底にはなかった光と熱とたくさんの人々の思いを肌で感じたい。

 パールは自分の中にこんなにも欲があったのかと驚きながらも、抑えられない鼓動を心地よく感じていた。


「レオン王子。私に世界を知る機会を与えてくれて、ありがとう。

 泡になって消えていたら、この景色を見ることは出来なかったわ」


「そうか……。よかった」


 ふっと目を細め笑うレオンに、パールの胸は大きく跳ねた。

 この船旅が始まってからというもの、レオンの笑顔を見るたび頬が熱くなる。


「パール? 顔が赤い。疲れたか?」


「いえ、あの、大丈夫です!」


「無理をするな」


 パールは、あっと声を上げる暇もなくレオンに横抱きにされ、そのまま額を押し付けられた。


「熱があるんじゃないか?」


 口づけをしそうなほどレオンの顔が近づき、パールの顔はさらに火照った。

 海の底の城では、姉たちに囲まれて育ったパールは男性に全く免疫がない。

 急にせまられると、どうしていいか分からなくなり動揺を隠せない。


「レオン王子、心配しすぎです。ち、近いですからっ!!」


 どうしていいのか困惑して涙目になるパール。


「すまない。許してくれ」


 レオンは、やりすぎてしまったと反省しながら少し距離をとる。




 レオンは、パールが思っていたよりずっと優しく、戸惑うことばかりだ。


 パールは、分かりやすいやさしさしか見ていなかった自分が恥ずかしく思った。

 思い起こせば、レオンは彼女が声が出ないときでも呼ばれたように振り返ったし、

 足が痛く動けずにうずくまっているとき休める場所まで運んでくれた。


 彼は、パールの足が痛むのを知っていて無理をしないようにいつも見守っていた。

 だから、決して彼女にダンスを申し込んだりせず、むしろ他の男がダンスに誘うとするとギッと睨み追い払ってくれた。

 様々なことが思い出され、怖い人だと思っていたレオンの行為一つ一つが、パールを守るための物だったと気づき、今さらながら恐縮する。


 ――― そして思う。

 レオンは解呪という形で本当の愛を証明してくれたというのに、自分にはそれに答えられるだけの気持ちがあるかどうかを示す手立てはない。と。


 まだ、二度目の恋を始めたばかり。

 今は、同じだけの想いを返すことも、芽吹く心があることを示すこともひどく困難だ。



「あなたのように、愛を証明することは出来ないけれど。

 私もいつかあなたのことを愛していると言いたいんです。

 そのために、あなたの事をもっと教えて下さい」


 先ほどまで、真っ赤になり目をそらしていた少女がまっすぐに青年を見つめた。

 

 レオンは頷くと、パールの小さな手を取り共に下船する。

 


 二人で踏みしめる大地。


 新しい始まりの一歩。



 *おわり*


 * * * * 


 ☆3以外の評価も歓迎です。気軽に評価、感想をお願いします。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】魔法のキスはまだ有効? ―人魚姫異聞―  天城らん @amagi_ran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ