後編

「……つまり、ドラゴンの呪いでそうなってしまったと?」


 ミリアの悲鳴によりウェッジや家令も駆けつけ、場所を移して事情を説明された。


 なんでも、前回の遠征というのがドラゴンの卵を入手するのが目的だったらしい。

 自国にも竜騎士を! という声は以前からあり、何とかドラゴンの卵を入手しようと情報を集めていた。

 そしてついに国内でドラゴンが卵を産んだという情報を得た。

 しかもブラックドラゴンの。


 ドラゴンは火や風などの属性を持つ属性竜というものがメジャーだが、その上位種としてブラックドラゴンとホワイトドラゴンが存在する。

 さらに上位に虹色の鱗を持つというエンシェントドラゴンという古代種がいるらしいが、もはや伝説でしかない。


 そんな実質最強のドラゴンの卵が手に入るチャンスということでリュシアンが派遣されたのだが……。


「ああ。人語を操ったブラックドラゴンは『それほどドラゴンが欲しければお前たちがドラゴンになればよかろう』と言って私に呪いをかけたのだ」

「それで、ドラゴンの姿に……」


 人語を操ったということにも驚くが、滅多に見ることもないブラックドラゴンとホワイトドラゴンについては分からないことが多い。

 属性竜が人の言葉を話すとは聞いたことがないので、やはり上位種であるブラックドラゴンはまた別格ということなのだろう。

 しかも呪いで人をドラゴンに変えるなど、魔術にも卓越していると見える。


「何とか解呪を試みて人の姿に戻れるようにはなったのだが、いにしえの呪いのようで完全に解くことは出来ないらしい」

「そうだったのですか……」


 一通りの説明を聞き、納得したミリアは温かい紅茶をコクリと飲み息をついた。


(だとしても、人に戻ったら全裸になってしまうのならときと場所を考えていただきたかったわ)


 いくら婚約者とはいえ全裸の男性に抱きつくなど、はしたないというのもあるがとにかく恥ずかしい。

 しかもその状況をウェッジにも見られたのだ。

 あとでからかわれるに決まっている。


(それにしても……リュシアンがこんなに話すのを久しぶりに見たわね)


 カップを置き改めてリュシアンを見る。

 あの美しいドラゴンが目の前の無愛想な男だとは……未だに不思議な気分だ。

 だがそれ以上にたくさん言葉を発する彼に軽く驚く。

 説明のためではあるが、二文以上の言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。


「そういうわけで、このような体になっては結婚も難しいだろうと思い婚約解消を願おうかと思って呼び出したのだ」

「え!?」


 突然の婚約解消という言葉にミリアは驚く。

 事情を理解して欲しいということだと思っていたため、婚約解消など欠片も考えていなかった。


 というより、むしろ内心喜んでいたところだ。

 リュシアンが竜騎士であれば喜んで嫁ぐのにと思っていたが、まさかの本人がドラゴンになれる体質になった。

 呪いということでリュシアンの体が心配ではあるが、生きているドラゴンに触れる機会が増える状況はミリアにとって喜び以外のものはない。


「嫌です! 婚約解消など! 夫がドラゴンになれるなど、なんて素敵な――失礼……ドラゴンになったとしても私は気にしませんので、婚約解消などしなくてもよろしいではありませんか」


 呪いで苦しんでいるかもしれないリュシアンに悪いと思い言い直したが、しっかり『素敵』と口にしてしまったので意味は無かったようだ。

 この場にいる三人の男達からの視線が痛い。

 特にウェッジからはものすごく残念なものを見る目を向けられている気がする。


「ああ、そうだな……私も先ほどの様子を見て考えが変わった。婚約解消はしない」


 気を取り直したように、目の前のリュシアンが咳払いをしつつ自分の思いを語り出した。


「ドラゴンの姿を見て恐ろしいと拒絶されれば諦めもつくと思った。だが、ミリアはむしろ優しく触れてくれた……ならばもう手放すことなどできない」


 本当にこれが今まで見てきたリュシアンなのだろうかと思うほど彼は饒舌に話す。

 無愛想だった表情も、少し柔らかくなったように見えた。


「ミリアの幸せを考えるなら私以外の男に嫁いだ方が良いかと思ったが、私がドラゴンの姿でも良いと言うならばもう離さない」


 灰青色の瞳に熱が込められ、鮮やかな青が色濃くなった。

 初めて向けられる熱っぽい視線にミリアは戸惑う。

 おかしい。

 これではまるでリュシアンが自分を想っているかのようだ。


「離さないなど……まるでリュシアンが私のことを好きだと言っている様に聞こえますわ」

「え?」


 ミリアの言葉に場の空気が凍った。

 まさか自分の言葉でこのように張り詰めた空気になるとは思わず、ミリアは戸惑い言葉を重ねる。


「え? だって、私たちの婚約は親が決めたものではありませんか。他に良い相手もいないから婚約を続けていただけなのではないのですか?」

「……」


 事実を口にしただけなのに、リュシアンは頭を抱えて項垂れる。

 そのまま目だけをミリアに向けると、唸るように問い掛けてきた。


「……つまり、ミリアは私のことが好きというわけではない、と?」

「え? 数ヶ月に一度しか会わない上に、会っても無愛想な顔で一言話すかどうかという相手をどう好きになれと?」


 思わず正直に答えると、リュシアンはさらに頭を抱え項垂れた。

 状況が分からず周りを見ると、ウェッジと家令が哀れみの目でリュシアンを見つめている。


(え? まさか本当にリュシアンは私のことが好きなの?)


 そのようなそぶりなど一度も見たことがなかったので戸惑いしかない。

 とにかく一度落ち着こうとカップに手を掛けようとしたとき、項垂れたままのリュシアンが低い声で話し出した。


「確かにミリアの前ではその可愛さにいつも緊張してろくに話せていなかったが……」


 整った顔を上げたリュシアンは、青みが強くなった瞳を真っ直ぐミリアに向ける。

 射貫かれそうなほど鋭い眼差しに、ミリアは息を詰め固まった。


「とりあえず、キスするほどなのだからミリアはドラゴン姿の私は好きなのだな?」

「え、ええ。そうですわね」


 確認に対し、失礼かもと思いつつ正直に答える。

 好きではないと言ったばかりなのに、いまさら人の姿のリュシアンも好きだとは言えない。


「くっ……ドラゴンに負けていたとは……」


 悔しげに唸ったリュシアンは、だがすぐに気を取り直しミリアの手を取った。

 麗しい顔が真剣味を帯びてミリアの翡翠の瞳を見つめる。


「いいだろう。これからは恥ずかしがらずに愛を伝えていくことにする」

「へ? あ、愛!?」


 無愛想でしかなかった婚約者の豹変ぶりには戸惑いしかない。

 いまさらそのようなことを言われても困る。


 大体リュシアンがドラゴンの姿にもなれるという時点で、ミリアとしては他の男になど興味は無いのだ。

 このまま結婚し、たまにでいいからドラゴン姿になって撫でさせてもらえば十分幸せなのだが……。


「ミリア、私は君を愛している。必ず幸せにしよう」


 ギュッと握られた手に、ミリアはときめきよりも困惑を覚える。


(私、ドラゴンと触れ合えればそれだけで十分幸せなのですけど!?)


 生きているドラゴンに触れるという夢が叶うと同時に、突然愛情を示し始めた婚約者に戸惑うミリアだった。


END

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鱗好きの公爵令嬢は、幼なじみの無愛想な婚約者よりドラゴンがお好き 緋村燐 @hirin

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