悪役魔尊様、前世の記憶を思い出す。

青色絵の具

第1話

暗い洞窟の中に、一人の男が座っている。

彼の名前は、深淵しんえん

世間で恐れられる、魔教の宗主である。


残虐非道で、殺戮を好む性分の男で、容姿だけは、とても美しく、虫も殺せないように見える。

しかし、実際は、人を人とも思わない、悪魔のような性格だ。


今は、より高い修為に到達するため、閉関修業をしているのだが、煉虚の段階を突破する際、この男の中に、見ず知らずの青年の記憶が流れ込んできた。


その青年は、白碧安はくへきあん

高い建物が立ち並び、鉄の馬が走る世界に生きていた男であった。

平凡な青年は、大切な家族と共に、幸せに暮らしていた。彼女はいなかったが、友達は多く、穏やかな性格で、人望があった。

大学という学舎に通い、楽しく毎日を過ごしていた。

あくびが出そうなほど、退屈な日常。

そんな男の一生を、追体験させられている。

いつまで続くのかと、飽き飽きしてきた時、白碧安の物語は、唐突に終わりを迎えた。

その日は、友人達と海に来ていた。

しばらく楽しく遊んだ後で、浜辺で休憩している時だった。

まだ幼い少女が、溺れているのが見えた。

考える間もなく、白碧安は、海に飛び込み少女を、助けに向かった。

渾身の力で、少女を助け出したは良いものの、そこで力尽き、そのまま溺れて死んでしまったのだ。


なんて、哀れで滑稽な人生だろう。

助けようとしたはずが、自らの命を犠牲にしてしまうなんて。


深淵は、この男の人生に、呆れ返った。

全ての記憶を見終わると、辺りは暗くなり、一つの光の玉が見える。

手を伸ばし、その玉をおもいっきり掴んだ。

物凄い爆風に襲われ、眩い光に、おもわず目を閉じる。


次に目を開けたとき、深淵の内からは、今までの倍ほどの力を感じた。

煉虚に到達したのだ。


これで、修真界を統一し、邪魔な奴らを皆殺しにするも目標を一歩進める事ができた。


美しい顔に、蛇のような、邪悪な笑みを浮かべる。


深淵は、とても気分が良かった。

変な記憶を、見せられたものの、特に何も感じなかった。

むしろ、失くしていたものを取り戻したような気さえした。


その時の深淵は、まだ気付いていなかったが、その記憶は彼の前世のもの。


人間らしさの欠片もなかった深淵の心に、僅かばかりの人らしさが宿った瞬間だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役魔尊様、前世の記憶を思い出す。 青色絵の具 @Mana2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ