高校時代の同級生と飲んでいる 2

403μぐらむ

【短編】

以前投稿した「高校時代の同級生と飲んでいる」の続編ではないです。


※※


 金曜日の夜。付き合って半年の彼女に振られた。

 しかもただ単に振られたのではなく、知らん男に彼女のことをNTRれていた挙げ句で、だ。相手の男はどこぞのスタートアップの代表とか抜かしていたけど途轍もなく胡散臭い野郎としか言いようがなかった。

 そもそもどこの馬の骨ともわからない男に簡単に尻を振るような女なんてこっちから願い下げだ。別れて大正解。


 ――というていでいたけれど、存外にダメージは甚大だったりする。

 土日は寝込んだし、この数日はどう過ごしてきたかさえ思い出せないほどの放心状態だった。






 あれから一週間経った金曜日の夕方。必要最低限の仕事だけは熟して今日も定時で帰ろうとしていたときにRINEにメッセージが入る。

 送り主は高校時代の同級生の石田。あの当時からの悪友で生憎とも大学は別だったけどずっと繋がりのある稀有な存在なやつ。


 残業している同僚に挨拶して俺はそのままオフィスを出ることにする。定時上がりは絶対。

 エレベーターで1階に降りるまでに石田のメッセージも確認しておく。


『久しぶりの河合ちゃんととっさんに連絡がついたから、いつもの居酒屋に19時集合。時間厳守でよろしく』


「おまえ、俺が残業だったらどうするつもりだったんだよ……まぁ、石田だしな。とりあえずOKと」


 OKスタンプを1コ送っておく。



 程なく約束の居酒屋に着いた。

 どうってことない店だけどチェーン店とは違ってオリジナリティ溢れていて俺らは好んでこの居酒屋を使っている。


 店に入ると河合ちゃんととっさんは既にテーブルについて一杯やっていた。


「よお、久しぶり。河谷ちゃんとはもう1年ぶりくらいになるよね。とっさんは2月ぶりかな」

「あれ? 早かったね。純斗くんとはほんと久しぶりだよね。元気してた?」

「うん、まぁなんとか……」

「あれぇ、喉に小骨が刺さったような感じだねぇ~吉岡ぁ~なんかあったなぁー」

「う、うっさい。とっさんは黙っといて。まじで」


 高校生のころの河合ちゃんは、周囲から高嶺の花扱いされるような飛び抜けた美少女だった。更にはその誰も寄せ付けない感じから『氷姫』なんて二つ名を持っていたけど、彼女は単純にコミュニケーションが下手な女の子というだけなのは意外と知られていない。

 そのようなのでクラスでも少し浮いた存在になってしまっていたが、ひょんなことから俺らと関わりあうようになってからは気さくな感じに変わっていった気がする。

 そんな彼女も今は売れっ子デルをやっている。そのせいでなかなか会えないのは残念だけど。

 ちなみに彼女の名前は河合ではなくて渡邉紗季という。当時彼女が某予備校に通っていたことで石田に河合ちゃんという渾名をつけられたんだ。もし◯ゼミだったら代々木ちゃんになっていた可能性も無きしも非ずである。


 とっさんの本名は塔塚とうづかみことっていう。

 高校のときのとっさんははいわゆる陰キャ。分厚い眼鏡かけて教室の隅っこで独りきり本とか読んでいたタイプ。これまた石田が絡んでいって、なんだかんだ仲良くなっていったパターン。もちろんとっさんの命名も石田。

 今はすっかり垢抜けてしまって、街角に立っていりゃナンパ野郎が片手じゃ済まないくらいには寄ってくるのが確実なほどいい女になっている。仕事は個人でデザイン事務所を経営中。未だにボクっ娘なのが玉に瑕。


「純斗くん、石田は遅れるってメッセージが来たよ。先に始めててってことみたいよ」

「何だあいつ。時間厳守とか言っておいて自分か遅刻してちゃ世話ないな」

「石田だからさー、仕方ないんじゃない? いつものことでしょー」

「だな。じゃぁ、俺も最初は生でいいや」




 3人で近況などを話しながら楽しく会話していると、走ってきたようで汗かきながらの石田がやっと来た。


「ごめん、帰り間際にお客さんから電話がかかってきちゃって。対応していたらこんな時間になった」

「仕事だもん、仕方ないよ。ほら、純斗くんの隣に座って。石田も生ビールでいい?」


 河合ちゃんがタブレットを操作して石田用の生ビールと俺ら用にもハイボールとか酎ハイとか適当にポチってくれている。


「おまえ、相変わらず忙しそうだな」

「へへへっ、そこいらは吉岡純斗さんと違いますからね。今や飛ぶ鳥落とす勢いのトップセールスですからぁ! おっと、生ビールはこっちで」


 店員さんが飲み物を運んできたので全員揃ったところで改めて乾杯することにした。小馬鹿にされた気がするがいつものことなのでスルーしとく。


「音頭は吉岡で。最近なんかあったみたいだし。うししし」

「だからぁ、とっさんは口閉じといていいから。えと、じゃぁ、久々の再会を祝いましてかんぱーい」

「「「かんぱーい」」」


 高校の時の仲良し4人組――本当は5人組なんだけどひとり馬狩って男が海外赴任しているので参加不可能なのだ――が集まれば懐かしい話に花が咲く――。


 はずだったんだけど……。


「で、吉岡は何があったか話しなさいよね。もう気になって仕方ないからボクも黙ってはいられないよ」

「な、なんだよ、とっさん……」

「そうだよ。純斗くんも悩みがあるなら聞くよ。私たちの仲じゃない? 隠し事は嫌だなぁ」

「河合ちゃんまで……」

「純斗の悩みなんてどうせ女だよ。この前話していたあの写真の女でしょ? とうとう別れたとか?」

「石田……テメ……」


 この連中に隠し事は出来ない。隠してもバレるし、なんだかんだみんなもなにかあれば赤裸々に告白してスッキリするっていうのがこの仲間たちのいいところだもんな。


「まぁなんだ。石田の言う通りなんだけど……」


 元カノとの出会いから別れまでの話を全部した。石田に『この女はやめておいたほうがいい』とまでアドバイスされたこともついでだから言っておく。黙っていても当事者が目の前にいちゃ無駄だしさ。


「それはまあなんというか、ご愁傷さま?」

「純斗くんも大変だったんだね」

「だからいわんこっちゃないんだよ。ま、いい勉強だと思えばいいじゃないかな」


 3人に慰められて更に凹むが、内に籠もっていた不快感を吐き出したようにスッキリもする。持つべきものは親友だってこういうときに思うよな。


「よし、今夜は飲もう! ほら純斗。グラスが空っぽだよ」

「石田はペース早いよ。じゃあ河合ちゃん、ジントニック頼んでくれ」

「はーい。頼むね」

「ほんと石田はウワバミだよな。あとから来たのに俺の飲んだ量を越えてんじゃん」

「あはは。純斗も飲めのめ」


 今度こそ高校の時の話に花を咲かせて、あのときはああだったこうだったなんて思い出に浸って懐かしむ。話題には事欠かずいつまででも話し続けられるのは同じ時間を過ごしてきた故なのだろう。



「そーいえばさ。吉岡ってなんで目の前にいい女がいるっていうのに他所の女に手を出すのさ?」

「とっさんはもう酔っているのか?」

「酔ってはいるけどー、考えはクリアだよー。で、どうなの? ねー氷姫さん。どう思います?」

「とっさん、氷姫は止めてよ。なにげに私にまでダメージ来るじゃない? そういうとっさんはどうなのよ? あなた最近とってもきれいじゃない。いっそ私と一緒にモデルやってみる?」


 元美少女で現役美女と元陰キャで現在美女がやいのやいのと茶々を入れあっているのは微笑ましい。

 確かに俺の仲間たちはきれいで可愛くてとても魅力的だ。彼女らが俺のカノジョになるならば誰であろうと自慢のカノジョになるに違いないと思う。


「でも、純斗くんも石田が止めたほうがいいって言っているのを振り切ってまでその元カノと付き合うっていうのはどうなの?」

「そうだよー。石田がどういう思いで吉岡のこと止めたのかって考えたことないの? ねーそう思わない、石田?」

「……」


 石田は黙って俺を横目でチラ見するだけ。責められているわけではないだろうけれど、思っていることは全部さらけ出してしまえとでも言っているようでもある。でもさすがにコレを言ってしまうとこの心地いい親友関係にヒビが入ってしまうんじゃないかと俺も及び腰になってしまう。


「吉岡がなにを心配しているのかわかんないけどー、ボクも河合ちゃんも石田も多少ことじゃびくともしない関係を築いているつもりだからヘーキだぞ!?」

「元陰キャが偉そうだな」

「ふっ。陰キャはね、陽キャみたいに刹那に生きているわけではないからね。深々と沁沁しみじみと物事を考えては、トライアンドエラーを脳内で繰り返して最終的に何もしないってのが既定デフォなんだよー」

「意味わからん」

「うるさいなー。要するに男ならシャキッと一発打ち明けちゃいなよーってこと!」


 とっさんは一見巫山戯ているようだけど、その実真っ直ぐ思いをぶつけてきているのは感じている。何を言っているのかはさっぱりなのは変わりないけど。

 ここらへんで俺も腹を括らないと駄目だろうな。



 他の女と付き合う前になんで石田に相談するかも自分では分かっている。

 石田に否定してもらいたい。こんな女はやめてけ、あんな女はゼッタイに無理だって言ってほしかった。そして、そのあとのもう一言が欲しくてほしくてたまらなかったこともよく理解している。

 でも石田にその一言を言ってもらうのは間違っていると思う。そんなのただの甘えだ。

 情けないけど、こういうところは高校生の時分からなんにも変わっていない。冗談抜きで俺というやつは残念男だと言う他ない。


 本当に好きな女を目の前にして『好きだ』の一言も言えずもうかれこれ何年経ったというのだ。


 これから先俺たちは仕事でも忙しくなってこんなに簡単に集まることも大変になることだって想像に難くない。それになにかの拍子に距離が離れることだって皆無ではないだろう。


 だからこそ今、なんだと思う。

 背中を押してくれる仲間がいる今このときなんだろうと思う。


 覚悟が決まり自分でも顔つきが変わったであろうことに気づく。

 俺の決心を知ってかとっさんは顔を紅潮させモジモジしている。河合ちゃんも目をそらしているけど耳が赤いのが見て取れる。石田は……そっぽ向いてグラスをあおっている。


「ありがとうみんな。たぶん、今なら言えると思う。いや、言わないと駄目なんだろうな。だから、聞いてほしい。俺のカッコ悪い告白ってやつを」


 こういうのは人前でするものじゃないと思うけど、こいつらの前なら逆にいいんじゃないかって考えてしまう。ま、仲間だしな。


「みこと」

「ふぁっ、な、なななんで本名を呼ぶの? ええっまさか? ボクは吉岡のこといいやつだとは思っているけどそういうのは……」

「? いや、どうした? 真剣な話だからちゃんと呼んだだけなんだが」

「まっ、紛らわしいんだ! ボケッ」


 何故怒られたのかまったくわからないが、真剣さくらいは伝えられたか。


「渡邉もよろしく頼むな」

「はい。ちゃんと見届けてあげるわよ」


 河合ちゃんは目をキラッキラに輝かせて成り行きを見守ってくれるらしい。


「…………えっと……石田」

「ん」


 俺の横でそっぽ向いていた石田が俺の方に向き直ってくれる。こいつも真剣に聞いてくれる気はあるようでホッとする。


「あのさ、えっと……。ゴホン……。聞いてくれ、石田……。石田優里香さん」

「……うん」


 まっすぐに石田の目を見る。石田もしっかりと目を合わせてきてくれる。


「俺、ずっとグズグズしていたけれど、正直言う。

 おまえのことが、好きだ。ずっと、ずっと好きだった。高校の時からずっと好きだった。

 でも心地良かった友人関係を壊すのが怖くて尻込みして逃げていた。だけどもう無理だ。

 石田優里香さん、俺と付き合ってくれ」


「純斗、酔っ払ってない?」

「素面とは言わないけど、酔った勢いで適当なこと言っているつもりはまったくない」


「そっか。変な女にばっか引っかかってないで初めからわたしにしとけば良かったのにね。わたしも……あんたのこと好きだったんだし……」


 石田のその言葉を聞いて一気に頭が沸騰した。『わたしにしとけば』の一言は俺が甘え縋りたかった言葉。かたちは違えど言ってもらえたのが小っ恥ずかしくも嬉しい。


 多分今の俺は顔が真っ赤っ赤だと思う。酒のせいじゃない。完全に石田のせい。


「よ、宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくね、純斗」


 河合ちゃんととっさんがキスしろ、キスしろと囃し立てるがそういうのは陰でこそっとやるのがいいのであって堂々とみんなの前ですることでは――。


 ちゅっ


 石田がすっと寄ってきて、あっという間に唇を重ねていった。

 テーブルの向こう側はやんややんやの大騒ぎ。


「石田……おまえ酔ってるだろ?」

「どうかな。どちらかと言うとあなたに酔ってるのかもね」


 だめだ。完全に酔っ払っている。ま、俺も同じっていえば同じだな。


「俺もおまえに酔いしれているよ」


 もう一度しっかりと唇を重ねる。




※※


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