第3話
蘭丸は携えてきた信長の刀を枕元の刀掛けに置き、帯と褌を解いて裸にした。それから自分も全裸になり、信長の隣に正座した。そうして信長が希望を言うのを待った。
「今日は蘭丸が攻めろ」
信長が横になり、天を見つめた。
「は?」
蘭丸は、微動だにしない信長を見つめた。細面の顔は、髭がなかったなら女に見えるかもしれない。だからこそ髭を蓄え、男らしさを演じているのだろう。
「ワシの命令が聞こえないのか。ワシが受けると言っておる」
「はっ、いえ……」
蘭丸は戸惑いながら動いた。普段、信長の欲望を受け入れる側だったからだ。それが今日は、逆になろうと言う。それも日食などあったからか? それとも、何らかの予兆か?
「どうした?」
信長が
殿の気まぐれに違いない。……蘭丸はそう決めて信長のふぐりを手で包んだ。いつも自分がされているように……。
「ワシに
蘭丸は、信長がどんな気持ちで敦盛を舞うのかを理解できたような気がした。
「ワシが家督を継いでから……」信長が続ける。「……ワシの前でさおを立てることが出来たのは犬のみだ」
「前田様でございますか?」
心が動いた。嫉妬だった。
「口をきくな。早々にいたせ」
信長が目を閉じた。
前から?……蘭丸は躊躇した。攻めるのが初めての上に、前からでは自然と顔が目に入る。いかに目を閉じているとはいえ、信長には魔王のような暴君の影がついて回っている。本人が自分は魔王だ、と言うのだ。
正面から、その顔を正視しながら結ぶことなどできないと思った。
「どうした。湯殿でのように、雄々しく立ててみろ」
その声は色欲という情を切り裂き、その奥にある恐怖を引きずり出した。……これでは多くの男たちが立てられなかったわけだ。
「早くせよ。機を逃しては負けるぞ」
殿は、こんな時まで
ナムサン!……蘭丸はしずしずと行為に及んだ。
静かな時が過ぎた。
信長が呻く。それまで石のようだった顔に赤味が浮いていた。蘭丸はその時が来たと思った。
「放て……」
信長が鉄砲隊にでも命じるように言った。
信長様!……蘭丸は
ドクドクと脈打つのは蘭丸のものだけではなかった。信長もまた絶頂を越えていて、筋肉質の腹に白い花を咲かせた。
「
「信長さま……」
意外な言葉に感動が抑えられない。うかうかすると涙がこぼれそうだ。
「……ありがとうございます。蘭丸、今生はもとより、来世においても、殿のために命を捧げまする」
「来世か……。ワシは来世などいらぬ。死してはすぐさま転移し、再び地獄のこの世を正そうぞ」
「ならば蘭丸も転移しましょう」
「うむ、お前は奥州の白斑の鷹に勝るワシの宝ぞ。骨が砕け散るまで、ワシの傍におれ」
信長に命じられ、蘭丸は
蘭丸は主から離れ、「坊丸」と呼んだ。書院の向こう側に弟がいるのを知っている。今夜は寝ずの見張りをするだろう。本能寺の外堀は広く、石垣と塀は高いといっても、刺客はどこに潜んでいるとも知れない。
「ハッ!」
凛々しい返事と共に彼が襖を開けて顔を見せた。すべて承知していて、水を張った手桶と手拭を持参している。力丸も一緒だった。
「殿の汗をぬぐってくれ」
蘭丸は命じて部屋を出た。井戸端に降りると、水を汲んでざぶざぶと浴び、汗と白い花を洗い流した。
身体を清めた後は、信長の隣の部屋で横になった。
――人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり……一度生をうけ、滅せぬもののあるべきかぁ、……脳裏で信長が謡っている。
「殿ならば、すぐに転移しましょう。魔王でありますから」
つぶやき、目を閉じた。
障子戸の向こう側に坊丸の気配を感じる。……信長様との愛の行為を聞かれただろうか?……羞恥心と優越感とが胸に渦巻く。すると寝ずの番をする彼らに対する労りの気持ちがありながら、股間のものが怒張した。
なんと浅ましいことか。恥じろ。……自分を叱った。弟たちに様々な思いを伝えたいところだが、
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