騙し絵惑星

や劇帖

騙し絵惑星

「騎士リテルの身長は州知事オルガーンより遥かに高い。空に向かって突き上げられたレイピアのような男である。どこまでも細く鋭い。」



 私は今、惑星ラディコの南半球にあるディヴァーバン州に向かっている。この惑星には映像、描画等の視覚情報による記録文化がなく、また外部からの持ち込みや持ち出しも禁じられている。文字、音声のみが記録として積み重なり、記憶の中にあるわずかなヴィジョンを浮かび上がらせる。人々はひどく近い距離感で認識を擦り合わせ共有する。もちろん、それだけで社会が機能するのは難しく、しかし事実機能し得ているわけで、何らかの補完――例えば種族としての記憶野の共有、文字情報の拡張など――があるだろうと推測されているが、異邦人がおいそれと答えを得られるはずもない。文章の羅列が私の得られる全てだ。

 この記録文書はヤマナミ社の記述装置ラディコプランによる。自動書記に音声入力をサブ機能として添え、文字に起こしている。各文物の詳細な記述描写は別ページに分け注釈としてリンク。記述描写出力は深度1。



 カーラジオからディヴァーバン州のニュースが流れる。

「オルガーン氏は州の外壁工事の完成にあたり、城門前に騎士リテル像を設置し、最後の仕上げとして像の胸に心臓の輝き、すなわちルビーを填める儀式を執り行います」

 本日参加予定の儀式だ。ディヴァーバン州は立地の都合でその周囲を堅固な城壁で囲む必要があり、周期的に修理と増改築を重ねている。壁は州全体の広さと比すると薄さすら感じられるのだが、もちろんそれはただの錯覚であり、内外を隔てる壁は厚く容易い。

 州知事のオルガーン氏はディバーバン州における立志伝中の人物で、州の発展と防衛に努めた騎士リテルと並べられることが多い。そのこともあって、この儀式を語る時には必ずと言っていいほど名が挙がっていた。シルエットは似ても似つかないが、彼こそはリテルの再来であると。

 代わり映えのしない荒涼とした風景が車両の両脇を流れていく。時間にして八十日、ディヴァーバン州の入口が見えてきた。すなわち、騎士リテル像の完成を待つ城門前だ。人々が押し寄せ、遠目にも量産と分かる。

 当該の像はほぼ1/1の尺で作られていて、それと同程度の高さの台座の上に置かれてる。向かい合うようにディヴァーバンの名士らが並ぶ。その周囲に音楽隊が中座し、見物にきた人々は更に外周から遠巻きにしている。周円状の空間だ。ちょうどオルガーン氏が挨拶している。

「この外壁が何をもたらすかと申し上げますと、ディヴァーバンを区切り、ディヴァーバンを守護し、ディヴァーバン、州の周辺をなぞり、指先は知っております、リテルがかつて成し遂げた大業は  」

 恰幅かっぷくの良い岩石のような壮年の男性、それがオルガーン氏の印象だった。

 ルビー到来のトランペットが鳴り響いた。

 騎士リテルの身長は州知事のオルガーンより遥かに高い。空に向かって突き上げられたレイピアのような男である。力強く練り上げられた肉体。にも関わらず、その身はどこまでも細く鋭い。

 オルガーン氏はリテルの1/1像に歩み寄り、若干見下ろすようにして軽く一礼すると、その胸元に両手を添えてルビーを嵌め込んだ。

 リテル像の胸元から二対の手のひらが生え、ルビーを受け取る。音楽隊が立ち上がり、ディヴァーバン州歌を演奏、外周の見物者たちが声を揃えて歌い始めた。

「おお、幾重にも囲む城壁を越えて来れり、我らが騎士団。赤き血をルビーそれは心臓、空を空が門を掴み、前進前進、我らがディヴァーバン、リテルを見よ、そこに光があれば」

 見上げれば晴れ渡った空が  る。幸先の良い話ではあった。

 歌が終わると、オルガーン氏は改めて騎士リテル像の胸元を指し示すように手を伸ばした。万雷の拍手。他の名士たちが次々と膝を折りその場で頭を垂れる。いつかの首はその場に落ち、ディヴァーバババババ

ー  ンバババーン 


   バーバー

  して、  

        鳴り



 れひりぬたけゆわたひそらぬはりや






(ディヴァーバンで発見された自動書記記録。記録者は不明。記録はここで途絶えている)

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