珠子からの手紙

 病院への営業から戻ると双子はすでに帰宅しており、揃って居間の畳に寝転びタブレットを覗き込んでいた。


「あ、おかえりー」

「今日は空振り?」

「うん、まあね」


「やば、レイサイ企業じゃん」

「自転車操業ってやつ?」


 この二人、今や遠慮のカケラも無くなっている。来たばかりの時はもうちょっとおとなしかったのに……しかも嫌な単語ばかり覚えてきやがる。全く……


 病院や老人ホームには、意識はあっても話せなかったり、体を動かせなかったりという患者が少なくない。サイトの他に、普段からそういう施設へ赴いて営業しているのだが、手紙を出したいという客に出会えない日もある。

 もうちょっと粘って他の施設を回ることもできたが、今日はなんとなく早く帰宅したかった。


「今ね、ベニちゃんのサイト見てたの」

「お客様からのお便り、更新されてたよ」


 そのページは、客からの書き込みが自動的に更新される。ありがたいことに、今まで悪評が書かれたことは無く、ページはお礼の声で埋め尽くされていた。


「一個わかんないのがあったんだけど」

「この、帽子がどうとかって……」


 指差された所を見て、白野は思わず吹き出した。


「これだな」

 鞄からフタヒロくん人形を取り出し、頭の部分を突いてみせる。その頭には粋な帽子が被せられていた。


「『セミナー』でみんなが集まった時、おまけで持ってきてくれたみたい。オプションで頼もうか迷ってた、着せ替えのハット。いつの間にか被っててびっくりした」


 なーんだ、と双子が笑う。


「わざわざそんなとこに書き込まなくても、直接言えばいいのにな」

「ページが賑わうと思ったんじゃない?」

「お礼の声は多い方が嬉しいもんね」


 星子の言葉が一日歩き回った白野の疲れをじんわりと癒してくれる。そうだな、お礼言われるのって嬉しいよな。


「そのお礼の声はさ、ツキとホシにも向けられてるんだよ。お客さんは知らないけど、二人の力がなきゃ届けられない手紙もあったんだから」

「あー…うん。それは、まあ」

「だね。えへへ」


 双子とはいえ、反応はそれぞれ。月子は照れくさそうにそっぽを向き、星子は嬉しそうにニコニコしている。


「二人とも、珠ちゃんの代わりを立派にやってくれてる。感謝してるよ」

「えー、なに急に。キモいんだけど」

「ちょっとツキ! ベニちゃん、ツキは照れてるだけだから」

「うんうん。わかってるよ。そういうとこ、珠ちゃんにそっくり」


 月子が投げてきた座布団を華麗に躱し、白野は自室へ向かう。部屋に鞄を置いたら、少し早いが夕飯の支度にかかろう。


 自室からキッチンへ向かう途中、再び二人の居る居間に顔を出す。


「ちなみにホシちゃんは父ちゃんにそっくり。珠ちゃんのフォローが上手いとこな」

 それだけ告げて、白野はキッチンに入りドアを閉めた。




 非常に珍しいことに、料理の手伝いをしたがった双子は調理台に並んで玉ねぎを刻んでいる。涙を拭きながら代わりばんこに切っているので、時間がかかる。正直自分でやった方が数倍早いけれど、白野は黙って任せることにした。

 その間白野は、解凍した手羽元に調味料やハーブをしっかりと擦り込み弱火でじっくりと火を通す。今日の夕飯は、早く帰ってきた日だからこそ出来るメニュー、手羽元と夏野菜のカレー。


「ベニちゃん、できたー」

「こんな感じでいいの?」

「おお、上出来上出来。ご苦労さん」


 鍋いっぱいの刻み玉ねぎ。大きさはバラバラだが、むしろそれがいいのだ。

 

「次は?」

「じゃあ、にんじんの皮剥いて大きめに切っといて。手を切るなよ」

「わかってるよぅ」

「ベニちゃんは過保護だ」

「そりゃ、ご両親からお預かりしている大事なお嬢さん達ですからねぇ」


 そういった瞬間、双子の手が止まった。横目でそっと窺うと、二人は目配せしあっている。


「ねえ、ベニちゃん。私たちのお父さんってどんな人だった?」


 月子の言葉を聞いて、白野は納得した。珍しく手伝いなど申し出て、聞き出したかったのはそれか……別に、普通に聞けばいいのに。


 手羽元の隣で玉ねぎを炒めながら、白野は「そうだなぁ」と呟いた。なにせ、彼が失踪してもう十年になる。いまだに何の手掛かりもないのだ。


 白野が初めて彼に会ったのは、19歳の冬。

 結婚相手として珠子が連れてきた、ひょろっとした優男の名は須田すた新汰あらた。当時珠子より2つ年上の25歳で自称シンガー・ソングライター。

 案の定、家族に猛反対され、大喧嘩の最中だった。と言っても、新汰は泰然としているばかり。

 やがて双方疲れ切って押し黙った頃、やっと男が口を開いた。


「僕は、珠ちゃんと一緒に生きていければ何でもいいんです。結婚してもしなくても、周囲に認められなくても構わない。ただ」


 そう言って珠子の両親に向き直り、深く微笑んだのだった。


「一人娘である珠子さんの人生を、僕なんかに預けるのが不安なのはわかります。それでも僕は絶対に珠子さんを手離さないし、必ず幸せにします」




「「きゃー♡」」


 双子が揃って歓声をあげる。ご丁寧に両手を頬に添えて。おいおい、料理の手が止まってますよ。


 だが当時も、喧嘩の最中ずっと黙っていたこの男の、力強い宣言は効果覿面だった。結局双方が歩み寄る形で、新汰が黒瓜の家に婿入りすることで話がついた。



「それで? それで?」

「君らが産まれて、両親ともうまくいき始めた矢先に……」

「そこで失踪かぁ」

「それでまた拗れて、珠ちゃんは家出したんだ」


 新汰が忽然と姿を消したのは、双子が三歳になった頃。ようとして行方の知れぬその身を案じていた両親も、やがて新汰を非難するようになる。そんな両親と決裂した珠子は双子を連れて家を飛び出し、親戚中と絶縁したのだった。


「……波瀾万丈だねえ」

「そんな、他人事みたいに。ねえベニちゃん、お父さんの親戚とはどうなの?」

「それがねえ……息子が婿入りするってんで向こうも怒っちゃって、それっきりらしい。だから珠ちゃんと繋がってるのは、俺だけだったんだ。一緒に仕事し始めたのもその頃から」


 炒めた玉ねぎの鍋に赤ワインでフランベした手羽元を入れ、にんじんとトマトを加え蓋をして煮込む。水はほんの少々、あとはトマトと赤ワインの水分だけで充分。

 その間に、素揚げする野菜の準備だ。双子に野菜を洗うよう指示を出し、白野は油を温める。


 手作業をしながらだと普段より話が進むのは、不思議なことだ。

 双子もいちいち驚いて見せたり相槌を打ったりしながら、興味津々に食いついてくる。今まで珠ちゃんに聞いても「お父さんは絶対に戻ってくるから、大丈夫」といなされていたらしい。


「そんな感じで十年。この仕事は離れてても出来るからさ、珠ちゃんとはたま〜に会うだけで」

「ダジャレだ」

「珠ちゃんと、たま〜に」

「違います。たまたまです」

「またダジャレだ」

「被せてきた」

「話を進めますよ、お嬢さん方」


 ジャガイモとナス、レンコンを切り、水にさらす。双子はオクラとパプリカを慎重に切り分ける。


「で、あの日珠ちゃんから手紙が来たわけだ。『子供達をお願い』って」

「うん、あれはビビったね」

「衝撃的でした」

「ベニちゃんって一見胡散臭いとこあるしね」

「……ふふっ」


 おい、ホシちゃん。そこ、フォローするとこじゃない? いつものナイスフォローは?


 鍋にルゥとスパイスを投げ入れたら、とろ火に。手羽元にしっかり味がついているから、カレーの煮込みはさっとでいい。

 双子が水気を拭き取った野菜を揚げていく。まずはじゃがいもをじっくりと。

 夏場の揚げ物は、美味いが暑い。

 ダラダラ流れる汗の中に涙もちょっと混じっている気配がするが、気にしない。



「…あれ? なんか」

「繋がった、ね?」


 双子の会話でキッチンをさっと見渡すと、案の定、作業台の上に封筒が現れていた。


「手紙だ。珠ちゃんから!」


 ガスコンロの火を止めて、突如作業台の上に現れた封筒を開く。この粗い紙質には見覚えがあった。間違いなく異世界からの手紙だ。




==================



 愛する子供達、ベニちゃん、元気にしてる?

 今まで手紙を送れなくてごめんなさいね。旅と魔物討伐で毎日体力使い果たすから、なかなか機会がなくて。

 でも、嬉しいお知らせがあります。

 実は、こちらでお父さんを見つけました。こちらの世界で流行している歌のいくつかが、お父さんのオリジナル曲だったの。聞いてすぐわかった。

 だから絶対この世界にいると確信してたんだけど、もし間違ってたらぬか喜びさせるのも可哀想だと思って、実際に彼に会えるまで言えなかったのです。

 私がこの世界に飛ばされたのは、事故の瞬間に焦って能力操作を誤ったせいだと思ってた。でもきっと、彼を見つけて一緒に戻るためだったのね。

 大人ふたり分を転送テレポートできるまで体調を整えたら、そちらへ帰ります。おそらく、あと2、3日のうちに。待っててね。



 月子、星子。ずっと会いたかったよ。お父さんです。

 二人ともずいぶん大きくなったんだね。珠ちゃんから写真を見せてもらって、涙が止まらなかった。

 十年前のあの日、父さんは副業にしていた劇伴音楽の仕事で環境音の野外採集(サンプリング)をしている最中に、異世界へ飛ばされてしまいました。それからの苦労は帰ってから追い追い話すとして、今はただ君たちを抱きしめたい。

 君達の安全と幸福、そして再会を祈らない日はなかった。毎日毎日一心に捧げていた祈りが、やっと届いたんだ。珠ちゃんに再び会えて、もう数日で君達にも会える。本当に楽しみで仕方がないよ。


 紅珠朗くんもお久しぶりです。珠ちゃんと子供達がお世話になったね。ありがとう。お礼はまた後日、改めてさせてください。



 愛するツキとホシ、そして紅珠朗へ

 お父さんとお母さんより



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「……ベニちゃん、ちょっと……もうすぐ晩御飯ってわかってるけど」

「ちょっとだけ、お部屋に戻っても、いいかな?」


 必死に涙を堪えている様子の二人に気づかないふりで、白野は手紙を畳んで封筒にしまった。


「おう。カレーは少し時間おいて馴染ませた方が美味いからな。部屋で好きなだけ読み返してきな」


 無造作に封筒を作業台に置くと、コンロへ戻ってカレー鍋の蓋を開ける。ゆっくりとかき混ぜ始めた時には、双子はもう部屋へと走り去っていた。


 火を消して蓋を被せ、天井に向かいためを息一つ。



(よかった、よかった。これでおかしな共同生活も、もう終わりか。淋しく………は、ならねーか。さらに騒がしくなりそうだ)



 白野紅珠朗は笑いながら、さっき揚げたばかりのポテトをひとつ、口に放り込んだ。




〜 代筆屋✉️白野と月星の子・完 〜


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ハーフ&ハーフ4【代筆屋✉️白野と月星の子】  霧野 @kirino

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