†††
跋
これは棺だ。わたしは毎日少しずつ釘を打ち続ける。彼女が残してくれた虚無と静寂の中で。あの悪寒を最後に、わたしを人間たらしめていたものは永遠に失われた。ヴラディミーラとともに消えたのだ。彼女の体温を懐かしむとき、すでにそれがどのような感覚だったか思い出せなくなっていることに気づかされる。紙の手触り、夏の蒸し暑さ、紅茶の味、肉の腐った匂い、いまのわたしは何も感じない。残ったのは光と音だけだ。館にはいつもラジオの音が流れている。わたしはヴラディミーラが残した学習張とにらめっこしながら長い時間を過ごす。空いた時間を使って、館のどこかに残っているかもしれない彼女の名前を探す。息抜きに夜の街を徘徊し、たまに死体と出くわす。地デジ対応のテレビはなかなか見つからない。近所の猫とは仲良くなった。ふと魔が差して、優子の部屋のすぐ外まで足を運ぶこともある。その中で寝起きする自分を想像するとき、少しだけ泣きたくなる。そんなときは誰にも聞こえないことをいいことに大声で歌う。ラジオで覚えたポップスの中に、タイガースの応援歌が交ざってきて、また違う意味で泣きたくなる。大声で泣ければ、と思うけどそれはもうできない。夜明け前には館に戻る。館内のカーテンが全部閉まっていることを確認してから、ヴラディミーラが使っていたベッドで眠りにつく。やがて、寄る辺なき魂がふらっと引き寄せられるまで、わたしはこの死んだような洋館でひとりだ。わたしはそこで釘を打ち続ける。これは棺だ。やがて、ご先祖様たちの棺とともに書斎に並ぶことになるだろう。ヴラディミーラが霊廟と呼んだ場所だ。あの空間に身を置くとき、少しだけ孤独が慰められる気がする。後悔が頭をもたげるとき、太陽の下に身をさらしたくなったとき、わたしはあそこでいずれ現れるはずの誰かに思いを馳せる。わたしはきっとあの信用ならない吸血鬼について話して聞かせるはずだ。一緒にナイター中継を聞いたり、甲子園まで観戦に行ったりするかもしれない。そんなことを考える。別れの夜のままその色を留めた押し花をなでながら。
Vladimira XVIII
Vladimira~吸血鬼と六甲おろし~ 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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