第34話 攻防

 先に攻撃を仕掛けようとしたのは、ウォルフの方だった。


 元より『風飾かぜかざり』の能力は、相手と離れている時に最大の威力を発揮する。

 だから、今までと同じように、その場で全力を以って空を斬った。

 だが、ナユタの方も動く。


 彼は、ウォルフの意図を察して『風飾かぜかざり』が振り切られる前に氷の壁を形成した。自らの姿が隠れるほどの大きさの氷壁だ。


「⁉︎」


 直後、斬撃の拡散。一振りが、幾重もの斬撃となる。

 しかし、その斬撃は、氷の壁に全てぶつかった。


 『風飾かぜかざり』は視界に映る場所に斬撃を届かせる能力だ。

 そのため、視界を何かで遮ってしまえば拡散された斬撃が対象に届くことはない。


 彼は、『風飾かぜかざり』のことをよく理解している。ウォルフは、彼の一連の動きだけでそのことを看破する。


 そうなれば当然、斬撃を受け止めて崩れた氷壁の先に、すでに少年は──。


(──いない)


 同時に、右の横合いから連続して隆起する氷の棘が迫った。

 ウォルフは冷静に後方へ跳躍。回避と同時に視界の確保を優先する。

 姿が見えなくなった少年を見つけるためだ。


 ウォルフの狙い通り、開けた視界の右に、黒髪の少年を捉えることに成功する。


(なるほどな)


 特に目についたのが、少年が立つ地面だった。

 凍っている。


 恐らく、彼は氷の壁を形成した後に、瞬時に床を凍らせてこちらの右側に移動したらしい。


(『風飾かぜかざり』の対策はしているわけか)


 やはり、ただの無謀で挑んできたわけではないようだ。

 彼はこのまま、拡散する斬撃に対して同じ対策をとるだろう。

 こちらが何度【支配ドミナント】を使って攻撃しても、氷の壁を作り、凍らせた床で移動を繰り返して反撃をする。


 今のままではこちらが不利だ。


 ガイアン戦の負傷で体力が大幅に削られている。対策にハマり、攻撃と回避を繰り返し続ければ、先に尽き果てるのはこちらだろう。


 ナユタは、この少年は彼なりに勝利を掴もうとしている。


(ならば──)


 変化を加える必要がある。


 通路の地面に着地をすると、ウォルは再び『風飾かぜかざり』を振り上げた。

 それを見て、先ほどと同じように少年は氷の壁を形成する。

 その直後、ウォルフは刀を振り下ろす途中で柄から手を離した。

 上から下への一閃ではなく、刀の投擲とうてき


 と同時に、ウォルフは投げられた刀の後を追うように走り出した。

 果たして、回転をしながら宙を進む『風飾かぜかざり』は氷の壁へと突き刺さった。

 ウォルフは、即座に突き刺さった『風飾かぜかざり』の柄を握ると、勢いのままに氷の壁へ押し込んだ。壁とはいえ視界を遮るための、応急的なものだ。薄く、あまりにも脆い。ウォルフの力があれば割ることなど造作もなかった。


「なっ──⁉︎」


 開けた視界の先には、驚く少年の姿があった。

 氷の壁でこちらの視界を塞ぐということは、相手からもこちらの姿が見えない時間があるということだ。その時間を利用して、ウォルフは少年への接近を試みた。


 つまりは近接戦闘。


 遠距離での戦いがジリ貧となるならば、接近して叩く。

 体格差で、力で、押し潰す。

 それがウォルフの狙いだった。


 ナユタは『風飾かぜかざり』の能力を捨ててくると思っていなかったようで、足を止めて固まってしまう。


 その隙を見逃すほど、ウォルフは甘くない。


「────」


 瞬間、少年が何かを呟いたような気がした。

 だが、ウォルフは構わず攻撃を仕掛ける。

 刀を左から右へ。横薙ぎの一撃。


「ぐっ‼︎」


 ナユタは、その一撃を短刀と氷の角、両方をで受け止め防ぎ切ろうとする。

 だが、それは叶わなかった。


「ぐあっ⁉︎」


 弾き飛ばされる。


 ウォルフは単純な力で、受け止められた刀をそれでも強引に振り抜き少年を吹き飛ばしたのだ。


 勢いよく弾かれた少年は大通り沿いの建物に衝突。

 ウォルフと少年の距離が開く。


 ならば、やるべきことは一つ。

 ウォルフは振り切った刀を返し、力を込めて空を斬る。

 斬撃の拡散による追撃。さらなる絶望が少年に襲いかかる。


「────」


 しかし、少年もただやられるつもりはないらしい。

 壁から激突した直後、彼は【支配ドミナント】で状況の打破を狙った。


 ウォルフと自身の間に氷の柱を形成。『風飾かぜかざり』が振り切られる前に形成されたそれは、拡散された斬撃が彼に届くのを阻んだ。


(視界を塞ぐということは、相手からも俺が見えていないということ)


 追撃は阻止された。


 だが、ウォルフはいたって冷静だった。


(そして、彼が氷の床を作り、移動しているということは──)


 ウォルフは、耳に意識を集中させる。


 するとパキパキッ、と右側から音が響いた。それは、氷の床を広げている音。

 だからウォルフはその音の方へ迷いなく跳んだ。

 その先には、予想通り氷の上を滑る少年の姿。


「────」


 少年が何かを呟く。

 ウォルフは、少年の目の前に着地をすると、刀を右から左へ薙いだ。


「っ⁉︎」


 少年は直前に氷の床の形成を止め、迫る刃に対して再び角と短刀を合わせる。

 今度は力で強引に持っていかれないように、両足に力を込めて防御を試みる。


 ──が、それはあくまで刀の攻撃に対してだ。


 ウォルフは左手を刀の柄から離すと拳を作り、少年の無防備な腹へと叩き込んだ。


「がっ──⁉︎」


 そして、続け様に左の蹴りを同じ箇所へ見舞う。


「ぐぅっ──‼︎」


 少年は勢いのまま真後ろへと吹き飛んだ。握っていた短刀が、左手からこぼれ落ちる。 そして、そのまま地面を転がっていき、十字路の中心へ倒れ込む。


「…………」


 力の差は歴然だった。


 刀での攻撃を強引に行うことで、刃を強く意識をさせる。

 そして、拳や蹴りが相手の意識から消えたところでそれを叩き込む。


 いくらこちらの【支配かぜかざり】の対策をしたところで、本人の経験の差が如実に出ている。


 少年が勝てる見込みなどゼロに等しい。────だが。


(まだだ)


 ウォルフは自らの勝利を確信することはなかった。


(まだあの少年の目は死んでいない……!)


 そう、死んでいない。

 まだ、少年の目は輝いている。


 あれは何かを狙っている。

 諦めなど、遥か彼方にある。


 侮れば、食われてしまうのはこちらだろう。


 彼は、間違いなく踏破者ウォーカーだ。

 夢を追い、そのためにこちらを撃破しようとしている。


 なればこそ、ウォルフは純白の刀を引き絞る。

 彼の目から、その輝きを失わせるために。

 

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