第35話 少年の策

 フラフラになりながらも立ち上がる少年。その目には未だに火が灯っている。


 何かある。

 ここまで圧倒的な差を見せつけられても、勝利を諦めない何かが。


 その何かを潰さない限り少年は折れないだろう。

 だからこそ、時間をかけてはいられない。


(次で、仕留める。確実な止めとする)


 今一度、ウォルフは『風飾かぜかざり』を握りしめた。

 そして、少年との距離を詰めるために、地を蹴った。


 これで終わりにするために。


 一歩、二歩と踏み締めるたびに加速する。

 刀を上段へ持っていき、少年の右肩から左の脇腹を斬り裂くイメージで刀を振り下ろそうとした、その時だった。


「なっ────」


 少年は一歩、後方へと飛び退いたのだ。

 その行動に、ウォルフは目を見開いた。

 愚策中の愚策。


 『風飾かぜかざり』の一撃を回避するということは、振り切る余裕を与えるということ。つまり、避けたところで斬撃が拡散され、より致命傷を負うことになる。


 『風飾かぜかざり』の特性をよく理解しているはずの彼が、一体なぜ?


 その答えは、すぐに襲いかかってきた。

 十字路の中央へと跳び出たウォルフの、左側。

 


 巨大な空遊魚くうゆうぎょが大口を開けて迫ってきたのだ。

 


「っ────⁉︎」


 灰色の体を持つ、巨大な空遊魚くうゆうぎょだった。

 乱雑に並んだ牙に、頭の皮膚だけ異様に発達し、兜をかぶっているかのような硬質の質感。


 ──ダンクルタイラント。


 灰色の暴君が、まるで少年と示し合わせたかのように襲いかかる。


(これが──)


 彼の勝利の手立て。


 少年のような幼さを残す者が、2つ目の【支配紋章ドミナント・エンブレム】など持つはずがないという先入観をついた奇襲。


 全く思考の外にあった攻撃により、初めてウォルフは思考を介さずに動いた。


 迫り来る脅威の迎撃。


 咄嗟に視線だけでダンクルタイラントを捉え、体を左側へ回転。

 回転の勢いと共に刀を振り抜き、斬撃を拡散させた。


 果たして、空中に炸裂した複数の斬撃はダンクルタイラントの胴体を斬り裂き、絶命へと至らせる。


 だが、これで終わりではない。

 今のウォルフは、全てのリソースを突然の乱入者に割いてしまった。

 そう、本来ならば倒すべき敵は別のところにいるはずなのに。


「おおおおおおおおっ‼︎」


「くっ──⁉︎」


 少年、ナユタ・フォッグフォルテ。


 声がした方を見れば、すでに彼は氷の角を振りかぶり、目の前に迫っていた。


 本命の一撃。


 すでに回避も、刀での防御も間に合わない間合い。


(──まだだ!)


 回避も防御も間に合わないのであれば、


 ウォルフにのみ許された第三の手段、【希少支配レア・ドミナント】。

 ウォルフの【希少支配レア・ドミナント】であれば、彼の支配下である氷の角を奪い、こちらの手中に収めることができる。


 ウォルフは、持っていた『風飾かぜかざり』を手放して、右手を少年の方へ伸ばした。


 奪う条件は、使い手への接触。


 触れてしまえば瞬時に【希少支配レア・ドミナント】は発動する。

 だから、最短、最速、一直線で彼の体に触れた。


「おおっ────!」


 ウォルフの最後の切り札が始動する。


 少年の手に握られていた氷の角は消え失せ、こちらの【支配ドミナント】として現れる。

 そして、奪った角で反撃をする。


 そうすれば、この窮地を覆すことができる────


 痛みが生じた。

 丁度、左胸の上辺り。


 何かに突き刺されたような鋭い痛み。

 同時に感じるのは熱を奪っていく冷たさ。


「は────?」


 知らずの内に声がこぼれた。

 ゆっくり、ゆっくりと痛みが生まれた箇所を見る。

 そこには、氷の角。


 【希少支配レア・ドミナント】で奪ったはずの一角氷馬いっかくひょうまの角が、深々と突き刺さっていた。

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