第29話 正体

「…………はい、その通りです」


 ルアは、静かに頷いた。


「そんな……何で……」


 愕然がくぜんと、言葉を漏らすことしかできなかった。

 ルアがウォルフの『地喰じぐらい』の協力者だと信じることが、俺はできないでいた。


「何で、か。……ウォルフさんと同じ村の出身だからじゃダメかな?」


 くたびれたように彼女は笑った。何か、諦めすら含んだ笑みだ。


「それだけが理由のはずないだろ?」


 しかし師匠はそんな笑顔を切って捨てるかの如く否定した。


「同郷だったことだけで、何の実績もない少女を必ず成功させたい計画に入れ込むはずがない。君自身に、何か特別なものがあるはずだ」


「………………」


 師匠の糾弾に、ルアはただ目を伏せる。そして。


「……特別なんかじゃない。あの人は、私に罰を償う機会を与えてくれてるだけ」


 ポツリと言葉を溢した。


「……お喋りはこれで終わりです。私はこれからガイアンさんを倒しに行かなきゃならない」


「────そんなこと!」


 思わず、叫んだ。


「させられるわけないだろ……っ!」


 彼女が言っていることは理解できた。だけど、何一つ納得できない。


「うん、そうだよね。君はそう言うよね」


 なのに、彼女は俺のことを理解して、納得したような素振りを見せる。

 そして、再び笑って。


「でも、止めたいなら、私を殺してね。私は死ぬまで止まるつもりはないから」

「なっ────」


 何を言ってるんだと。

 彼女に伝えたかった。

 しかし、その言葉が口から出るよりも先にルアは動いていた。


 彼女が片手で取り出したのは、1枚の紙。

 見ればそこに、1体の魔物が描かれていた。


 巨躯きょくにして大蛇のような長い尾を持つ獰猛なる白猿。

 ニーデルテール。


 彼女の絵はすでに何枚か見ている。

 その実力の通り、ニーデルテールの絵も丁寧に描かれていた。だが、何故今その紙を俺たちに見せつける必要があるのか?


 その疑問の答えはすぐにやってきた。


「『ニーデルテールの長い尻尾』」


 届いたのはルアの声と──

 ──ビュン、と空を切り裂く鋭い音ともに迫ったのは、とげが周りを覆う大蛇のような白い尻尾。


 かわすことができたのは、違和感があったからだ。

 この状況で絵を見せてくるということは、あの絵には何かがある。

 そう思うことができたから、咄嗟に横へ飛び退くことに成功した。

 何とか足から着地し、体制を整える。


 だが、俺は内心、計り知れないほどの衝撃を受けていた。

 描かれた絵が現実となって襲ってきたことに、ではない。

 それ自体は、踏破者が持っていても不思議な【支配ドミナント】ではない。

 『未踏領域みとうりょういき』には俺では把握しきれないほどの幻想が眠っている。


 絵が現実になる画用紙ぐらいあるだろう。


 しかし、その【支配ドミナント】に問題があった。


 正確には彼女の右手の甲にある【支配紋章ドミナント・エンブレム】に。


 通常ならば、【支配紋章ドミナント・エンブレム】は『未踏領域みとうりょういき』の物や魔物を【支配ドミナント】している場合、砕けている。右手の甲に残るのはかすれた逆三角形の青いあざ


 だけど、ルアの【支配紋章ドミナント・エンブレム】はかすれていなかった。その右手にはっきりと【支配紋章ドミナント・エンブレム】が刻まれている。


 つまり彼女は、【支配ドミナント】をということになる。


 にもかかわらず、ルアは【支配ドミナント】をしていなければ使えないような攻撃をしてきたのだ。


「何で…………」


 今までの常識がくつがえされた気分だった。


「そういう、ことか……!」


 だが、師匠は違った。彼女は、声を荒げて何かに気づく。


「それは……、それはあまりにも特別だ。何で君がそんな物を持っている!」


「師匠、一体何に気付いたんですか⁉︎」


「……【永遠幻像イコリティー】だ」


「──え?」


「あの紙は、おそらく描いたものを現実の現象として出現させる力を持つ。その能力なら、折れた天穿樹てんせんじゅの幻を作りだせたことにも納得がいく!」


 だけど、問題はそこではない。


「ルアは【支配ドミナント】を使っていない。それは右手の甲を見ればわかる! でも、彼女は幻想を操っている。つまり彼女が見せた紙は【永遠幻像イコリティー】としか考えられない! だけど、それは…………!」


 師匠の言葉には、戸惑いと怒りが含まれていた。いつも冷静な師匠がここまで表情を崩すことなど見たことがない。


「……【永遠幻像イコリティー】は『地喰じぐらい』を起こした3人が初めて生み出したものだ。だから、この世界ではまだ最悪の3人しか手に入れてない。『地平を喰らう者オリゾン・イーター』が食った人数から、数種類生み出されたと考えられているが、そんな物を何故……!」


 世界に数種類しかない代物。それが【永遠幻像イコリティー】。


 師匠はそれを所持している者は、『地喰じぐらい』を起こした最悪の3人しか考えられないという。


 だけど、ルアが持っているのは【永遠幻像イコリティー】だ。


 なら彼女は、一体どうやって【永遠幻像イコリティー】を手に入れた?


「……とっても簡単なことですよ。譲り受けたんです」


「譲り、受けた?」


「そうだよ、ナユタ。君にはまだ、私の姓を伝えていなかったね」


 彼女はそこで、一泊置いた。そして。

 


「私の姓はユーヴェラス。──ルア・ユーヴェラス。『{地喰じぐらい』を起こした最悪の3人の内の1人、『虹花にじばな』クウェラ・ユーヴェラスの娘だよ」

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