第28話 協力者

 確信があった。計画は順調に進んでいる。

 しかし、もし仮に、それにヒビを入れる存在がいるとしたらその男だろうという確信が。


 ガイアン・アルクヴァース。『番人ガーディアン』と称される踏破者にして実力者。


 ウォルフ・テインは確かに『風飾かぜかざり』を奪いはしたが、ガイアン本人を殺すことはしなかった。だからこそ、万が一の可能性が生まれた。ガイアンが【支配ドミナント】を奪われた程度では諦めず、再びウォルフに挑むという可能性が。


 ウォルフの強さはよく知っている。その内に秘められた強い憎しみも。


 これは憎しみから始まった計画だ。『地喰じぐらい』を起こした3人を討つための。

 彼が持つ憎しみを晴らすためには計画を成功させ、最悪の3人を殺すしかない。だから万が一などあってはならない。ガイアンによって計画が阻止されれば、彼の憎しみは永遠に晴れることはないのだから。


 自分が動くしかない。どんな手を使ってもガイアンに致命傷を与える。そうすることで計画を絶対的な者にする。そうすれば、計画は達成されるのだ。

 そうしなければ、彼への、いや自分が犯した罪の償いにならないのだから。



       ▼



 時間は少し前に遡る。


 方法があると言っておやっさんが笑った直後、大地が揺れた。

 まるで地中から何かが迫り上がってくるような揺れだ。


 俺はこの振動に心当たりがあった。というか、昨日体験したばかりだ。


 これは、赤き鯨型の魔物、大王鯨グレート・ホエールが浮上する前兆。


 この人、大王鯨グレート・ホエールにタダ乗りする気だっ⁉︎


「来たな。オメェらは危ねぇから下がってろ」


 俺の困惑をよそに事態は進んでいく。


 すでに赤き鯨は地中から顔を出しており、おやっさんはそれを見て駆け出している。


「ああもう! なんて無茶を!」


 隣にいた師匠が叫ぶ。

 当然だ、こんな突飛な方法を思いつく人なんてそうそういない。


 だから、俺たちは動けないでいた。そのはずだった。


「──⁉︎」


 だが、おやっさんの他に大王鯨グレート・ホエールに向かって走り出した者がいた。


 それは、淡い橙色の髪を持つ、隻腕の少女だった。

 おやっさんたちと合流してから一言も言葉を発さず、まるで影のように俺たちと行動をともにしてきた少女。


「ルア⁉︎」


 彼女は俺の驚きの声を無視しておやっさんの後を追う。

 なぜルアがいきなり走り出したのか。その理由は全くわからない。


 だけど、それを黙って見過ごすことは俺にはできなかった。

 ほとんど、反射的な行動。俺は彼女を止めるために、地面を蹴った。


「おい、ナユタ⁉︎」


 今度は師匠の驚く声。彼女も俺たちの行動に気づき、慌てて走り出す。

 結果としてこの場にいた全員が、大王鯨に向かって行くという予想外の事態に陥った。


 見れば、おやっさんはすでに大王鯨グレート・ホエールへと飛びかかり、手に持っていた炎の角と水の鉤爪を大王鯨の赤い皮膚へと突き刺している。彼はあのまま赤き鯨の浮上に付いていくつもりだ。


 大王鯨グレート・ホエールはあまりにも巨大なため、小さな角や爪が刺さったところでピクリとも動じていない。


 ルアもおやっさんに倣うかのように赤い巨躯へと飛びかかる。彼女の手にはいつの間にかナイフが握られていた。どこかに隠し持っていた物なのか、とにかくそのナイフでおやっさんと同じように大王鯨グレート・ホエールの体に突き立てる。


「──っ! 師匠、失礼します!」


「うわっ⁉︎」


 もうルアを止める術は残されていない。

 なら、このままあの2人に付いて行くしかない!


 そう思った俺は、咄嗟に横にいた師匠を片手で抱き抱えた。そして、空いた手で氷馬の角を取り出し、地を強く蹴り出し、更なる加速をかける。


「行きます!」


 掛け声と同時に俺は跳躍した。眼前に迫るは壁と見間違うほど巨大な赤き体。

 激突の寸前、何かに全身が包まれたような感覚。大王鯨グレート・ホエールが持つ周辺に水の性質を加える加える力でできた水の壁だ。あくまで水の性質を加えるだけなので、呼吸はできる。しかし、体に透明な水が纏わりつくことで、動きが重くなる。


 だけど、ここで怯んでしまっては昨日と同じように途中で放り出されてしまうだけだ。


 だから、走った勢いをそのままに、まとわりつく水を掻き分けるつもりで氷の角を持った腕を振り下ろす。


 氷の角が、鯨の胴体へと突き刺さった感触が、確かに俺の腕に届いた瞬間だった。

 圧倒的な上昇速度を以って、俺たち4人は空へと舞い上がった。



 そうして俺たちは今へと至る。



「…………なんで付いてきたんだテメェら⁉︎」


 空中に浮かぶフットレストの舗装ほそうされた煉瓦レンガの道の上に倒れ伏しながら、おやっさんの驚く声を聞いた。すぐ近くには、ルアと、そして抱えていた師匠がいる。

 おやっさんが驚くのも無理はない。


 だけど、俺だって理解が追いついてない。前の方で倒れているルアを見るが、その表情を確認することはできなかった。一体どうして大王鯨に飛び乗るなんて無茶な行動を?


 疑問は尽きない。だが、こちらの事情を敵が加味してくれるわけではない。

 ウォルフはすでに『風飾かぜかざり』を握りしめ構えを作っている。


「チッ⁉︎」


 それを見て、おやっさんは瞬時に行動を起こす俺たちを背にするように移動し、たった3歩で相手との距離を詰め切ったのだ。そして、左手に持っていた水を内包する鉤爪でウォルフに向かって斬りかかる。一連の動作には全くの淀みがない。あまりに素早く流麗。


 だが、ウォルフはその一撃を難なく刀で受け止める。

 時間にすれば一瞬にも満たない内の攻防。すでに戦闘は始まっていた。


「ナユタ、ルア! 急いでここを離れるよ!」


「…………はい!」


 いつの間にか立ち上がっていた師匠に続いて、俺も体を起こした。


 『風飾かぜかざり』は黙視した場所に斬撃を拡散させる能力を持つ。それは元々の使い手であったおやっさんが一番よく知っているだろう。

 だから、おやっさんは俺たちを背に隠すように移動したのだ。自らの体で相手の視界を遮ることで、斬撃が俺たちの方へ拡散されないように。つまり今、おやっさんは俺たちを庇いながら戦っている。このままここに居てはおやっさんの足枷になってしまう。


 だから、俺たちが取れる最善の行動はこの場からの離脱だった。

 ──だけど、その時。


 

 またしてもルアが動いた。

 


 大王鯨グレート・ホエールの浮上の時と同じように、唐突に走り出したのだ。

 今度は鍔迫つばせり合いをしている2人に向かって。


 驚きのあまり、言葉すら出なかった。足を動かすことが叶うず、その場で立ち尽くしてしまった。


 ルアの足取りには一切の迷いがなかった。


 片や『番人ガーディアン』、片やその『番人ガーディアン』を一度打ち破った【希少支配レア・ドミナント】の使い手。どちらも圧倒的な実力者。にもかかわらず、彼女は一直線に彼らの下へと向かう。

 おやっさんとウォルフ、2人の鍔迫り合いが終わりを迎え、弾けるようにお互いが距離をとった。


 つまり、おやっさんは大きく後方へ飛び退いたことになる。

 結果として、2人に対して向かっていたルアとおやっさんは距離を縮めた。それこそ、彼女が数歩前に出れば、接触してしまうくらいには。


 おやっさんはルアには気づいていない。前方にいるウォルフに全神経を集中しているからだろう。


 するとルアは、右手に持っていたナイフを振り上げた。

 そして、ナイフをおやっさんめがけて振り下ろ────。


『──そのつるの名は「黒妖こくよう」。意思を持つ、太くしなやかな黒いつるが、勇者の四肢に絡みつき、動きを封じた──!』


 言葉通りだった。

 師匠が本を開き放った文言が、ルアを主役に再現された。

 ナイフが、おやっさんに振り下ろされるまさに直前。


 ギリギリのところで、空中から出現した複数のつるによって彼女は体の自由を奪われた。


「──っ⁉︎」


「あん?」


 どうやら。おやっさんの方も後方の事態に気づいたようで、後ろを見る。

 ───が、ウォルフはその隙を見逃さない。

 おやっさんを攻撃するために『風飾かぜかざり』の能力を使い、その場で空を斬ろうと動く。


「チィッ⁉︎」


 ウォルフの気配に気づいたおやっさんは状況の確認を諦め、すかさず右手を前に突き出した。すると、握っていた角から莫大な炎が吹き上がる。通路を埋め尽くさんばかりの爆炎がウォルフを飲み込もうとするが、彼は全く動じない。むしろ、全身に力を漲らせ、その場で純白の刀を一閃。彼の一振りは『風飾かぜかざり』によって拡散され、迫り来る炎を複数の斬撃でかき消した。


「状況はわからねぇ! ──が、その嬢ちゃんのことは任せる!」


 そう言いながらおやっさんは続け様に炎を連射。


 『風飾かぜかざり』は正しい姿勢、力の入れ方で振り切ることで初めて強力な斬撃が発生する刀。

 そのことを理解しているのかウォルフは迎撃よりも回避を優先。通路の先にある分かれ道へと姿を消した。


「逃すかよ!」


 それを見たおやっさんは猛スピードでウォルフが逃げ込んだ分かれ道へと追いかけていった。

 戦いの音が遠ざかる。


 後に残されたのは俺、師匠、そしてルアの3人だけだった。

 すでに黒いつるの拘束は解かれている。ルアは顔を伏せ、だらりと右手を下げていた。


 表情はここからじゃよく見えない。だけど──。


「……最初から、信じてはいなかったよ」


 師匠の声が、静けさを取り戻した通路内に響いた。


「協力者がいることは、初めの段階でわかっていた。だから、ナユタとガイアン以外、私は『未踏領域みとうりょういき』で出会う人々を全員信じないつもりだった」


「………………」


 ルアは気づいているはずだ。師匠が何を言いたいのか。

 だけど、ルアは何も言わない。否定しない。


「だけど、まさか君だとは思わなかったよ」


 師匠はゆっくりと前方にいるルアを指差した。口を開く。

 決定的な答えを、言ってしまう。


 

「──ルア、君がウォルフ・テインの協力者だ」

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