第27話 到着

 まとった黒い外套がいとうと、二色の髪が冷たい風に揺れる。


 上空に浮かぶ切り取られたフットレストの端で、ウォルフ・テインは眼下に広がる『未踏領域みとうりょういき』を眺めていた。


「…………………………」


 時間と位置的に、今は『陸海りっかい』がフットレストの真下にあるだろう。

 周りを泳ぐ空遊魚くうゆうぎょたちの種類が増えてきたのがその証拠だ。

 その中には、ダンクルタイラントのような巨大な肉食魚の姿も確認できた。

 だが、こちらに近づいてくる様子はない。


 その理由はこの街に絡みつく巨大な【支配者ドミネーター】がいるからだ。


 ウォルフはゆっくりと後ろへ振り返り、崩れた建物を見上げた。

 そこには巨大な生物が頭を預けていた。

 鳥のようなくちばしを持つ、龍にも似た魔物。

 今はその切れの長い目を閉じて眠りについている。


10日の間、この異形が目覚めることはない。目覚めるとしたら『地喰じぐらい』が成功し【永遠幻像イコリティー】が完成した時だろう。


 ────『地平を喰らう者オリゾン・イーター』。


 8年前、多くの人々をその腹の中に収め殺戮を繰り返したモンスター。


 憎むべきはこの化け物ではない。

 この化け物を操り『地食じぐらい』を起こした3人だ。


 そう頭で理解していても、心の内から憎しみが湧き上がる。

 すぐにでもその寝首を掻き切ってやりたいところだが、それでは目的が果たせない。


(計画は順調だ。『地平を喰らう者オリゾン・イーター』の幼体を手に入れてから)


 運命だと思った。

 8年前、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』によって妻と娘もろとも飲み込まれた家の残骸を探っていた時に幼体を発見してから始まったこの計画。


 協力者のおかげもあり、今のところ何も問題なく進んでいる。あとは10日間耐えるだけで、【永遠幻像イコリティー】が完成する。


(……必ず、必ず奴らをこの手で討つ!)


 改めて決意を込めた時だった。


 『地平を喰らう者オリゾン・イーター』とは別の巨大生物が街よりも高く飛び上がった。


 釣られて視線を上げてみれば、そこにいたのは赤く巨大な鯨。


大王鯨グレート・ホエールか…………」


 確か、大王鯨グレート・ホエールは1日に1回、地上へと浮上する。『巨神の庭ギガント・ガーデン』から『陸海りっかい』へ、『陸海りっかい』から『巨神の庭ギガント・ガーデン』へ。天穿樹てんせんじゅを超えて移動する。


 それ自体はいつも通りの光景だ。

 踏破者ウォーカーであるならば、当たり前のように見慣れた光景。


 だが、ウォルフはその光景を見て、大きく目を見開くこととなる。

 影だ。突然、飛び上がった大王鯨の体から、影が落ちてきた。


 それは4つ。

 大王鯨グレート・ホエールがフットレストの高さを超えたタイミングで、この街へと落ちてくる。


「よう、クソ野郎。さっきぶりだな」


「ガイアン・アルクヴァース……。なるほど、やはりあなたが真っ先にここにたどり着くか」


 真っ先にフットレストへ降り立った影の正体は『番人ガーディアン』だ。

 顔に青筋を浮かべながら、殺気を放っている。

 だが、その後すぐに残り3つの影がガイアンの後方、街の地面と衝突した。


「…………っ!」


「ぐっ!」


「いっ……!」


「あん?」


 ガイアンと着地と比べれば、あまりにも不恰好な降り立ち方だが、その影に疑問を持って振り返ったのは、ガイアンの方だった。


 彼は、フットレストに落ちてきた3人。

 特に、黒髪に紫紺しこんの瞳を持つ少年と目を合わせると、驚いた表情を作った。


「…………なんで付いてきたんだテメェら⁉︎」

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