第22話 再びの落下
突然聞こえてきた悲鳴。
声を上げた人物が陥っている状況は最悪だろう。
『
今、迂回をしながら走っているサンゴ礁を超えた先が悲鳴が聞こえてきた場所だ。そこにどんな光景が広がっていようとも冷静に状況を確認し行動を決める。
その覚悟を持って、サンゴ礁を超えた先に広がっていた光景は──何の変哲もない、ただ美しいサンゴ
「な──」
思わず、その場で足を止めた。
いや、よく見れば砂地に血溜まりが広がっている。しかし、肝心の血溜まりを作ったであろう人物とその犯人がどこにも見当たらない。
一体どこに? 迷っていると、後ろからルアさんが追いついてきた。さらに後方には、ふらふらと走ってくる師匠が見える。ここは一旦師匠と合流して────。
「ナユタぁっ! 下だ‼︎」
耳に届いた師匠の声と共に、不意に左足が沈む感覚があった。
疑問に思う暇などない。俺はなりふり構わず沈んでない右足に力を込め、思いっきり地面を蹴って、すぐ後方にいたルアさんを抱き抱えて飛び退いた。
『グジャバアアアーー!』
直後、砂地から姿を現したのは、潰れた円形の空遊魚だった。その皿のような体はゆうに2mを超え、無理やり取り付けたような剥き出しの目玉に、砂地の色と完全に同化した皮膚を持っていた。そんな巨大な魔物が、巨体に見合った大口を開けて飛び上がってきたのだ。
俺は柔らかい砂の地面に転がり込みながらその光景を視界の端に捉えていた。師匠の注意がなかったら確実に奴に飲み込まれていただろう。背筋にゾッと悪寒が走り抜ける。
「『サンドハイド』だ! 砂地と体を同化させて獲物を仕留める魔物。サンゴ礁の上に登れ! 奴は自由に砂地を潜れるぞ!」
だが、そんな都合のいい足場が存在しない。岩場はあちこちにあるが、どれも壁のように高く、登ることができない。ここは完全にサンドハイドの領域だ。
師匠も岩場やサンゴ礁を伝いながら駆けつけようとしてくれているが、間に合いそうにない。
(……なら!)
やるしかない。
「……すいません、ルアさん。ちょっと危険な目に合わせるかもしれません」
「え」
ルアさんの驚く顔が目に浮かぶが、意図を説明している暇もない。俺はルアさんの返答を待たずに、ある行動に出た。
────その場で立ち止まり、ルアさんを抱き寄せた。
「ばっ──⁉︎」
これまた師匠の驚いた顔が目に浮かぶ。だが、その表情を想像した瞬間、立っている地面が沈み込んだ。
『グバァァーー‼︎』
その瞬間、大きな口を開けたサイドハイドが飛び上がり、俺とルアさんを巨大な口内に収めた。そして、そのまま俺たちを飲みこもとうと口を閉じようと──。
「させないさ!」
『グアッ⁉︎』
だが、奴がその大口を閉じ切ることはなかった。いいや、閉じれなかった。
原因は氷。
突如サンドハイドの口内に出現した複数の氷の柱が、突っ張り棒の要領で並び立ち、口を閉ざすことを許さなかった。
「わかっていたけど、やっぱりすごいな」
万が一飲み込まれないように後方に作った氷の壁に体を預けながら、俺はある一点をみていた。それは、伸ばした手が掴んでいるもの。先程まで激闘を繰り広げ、勝利した証である戦利品。──
突如現れた氷の正体は、俺の新たな【
「今度はこっちの番だ!」
氷の角の性能、それを確かめることに成功した俺は攻守が切り替わるのを確信した。今度はこちらが攻める番だと。
俺は、指揮者が振るうタクトのように滑らかに氷馬の角を上へ。すると、その動作に釣られたように氷塊が勢いよく積み上がっていく。今度は柱ではない。先端が凶悪に尖った氷の棘が魔物のうちから伸び上がる。
『グッ────⁉︎』
果たして、口内から伸び上がった氷の
そのことを確認して俺たちは凍ってしまって閉じられなくなった口から這い出る。
「す、すごい」
ルアさんが感嘆の声を漏らす。
「……まあ、一か八かでしたけどね」
正直なところ、ルアさんをこの賭けに巻き込んでしまったことへの負い目の方が強い。
だが、何はともあれ無事に危機を乗り越えることができたのだ。ここは素直に喜んでおこう。
「あっ、師匠」
どうやら、師匠も戦いの様子を見ていたようで岩場にあるサンゴ礁を伝って、ゆっくりとではあるがこちらに向かってきてくれている。俺は居場所を知らせるために大きく手を振った。──が、その瞬間再び地面が沈んだ。
「えっ──?」
まさか、2体目がいたのかと身を強張らせたが、違う。何故ならば規模が全く異なるからだ。サンドハイドの大口よりも明らかにスケールが大きい。俺らの周辺を丸ごと飲み込むような勢いで地面は沈んでいき、そして。
激しい音ともに地面が崩れた。
直後に感じたのは浮遊感。もうどうしようもないほど事態は進んでいた。
「うわあああああああああああああああああっ⁉︎」
「きゃあああああああああああああああああっ⁉︎」
俺とルアさんは、為す術なく崩れた地面と一緒に落下していった。
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