第21話 悲鳴

「これは推測でしかないけれど、ほぼ間違いないと思う」


 色鮮やかな珊瑚礁さんごしょうと、空遊魚くうゆうぎょの小魚たちが空の青を彩る中、師匠の淡々とした声が響く。


 師匠はこちらに向けておもむろに右手の甲を突き出してみせた。そこには、逆三角形の青黒い模様【支配紋章ドミナント・エンブレム】がある。


「私たちはこの一つの【支配紋章ドミナント・エンブレム】につき一つ『未踏領域みとうりょういき』のものが【支配ドミナント】できる。それは知ってるね?」


 師匠の問いに、俺は頷いた。


「じゃあ、この【支配紋章ドミナント・エンブレム】増えることがあるってことは?」


「それも知ってます。『未踏領域みとうりょういき』で何度も死線をくぐっていくと、【支配紋章ドミナント・エンブレム】が新たに刻まれて、【支配ドミナント】できる数が増えるんですよね?」


「よく勉強しているね」


「でも、このことと協力者がいること、何が関係あるんですか?」


 師匠に褒められるのはとても嬉しいが、それがなぜ協力者と結びつくのか理解できなかった。首を傾げてうなる俺。そんな俺を見つめながら師匠は再び口を開く。


「【支配紋章ドミナント・エンブレム】が増えること。これは通常の【支配ドミナント】を持つ者だけに起きることなんだ。つまり【希少支配レア・ドミナント】を持つウォルフ・テインにこの法則は当てはまらない」


「え」


「概念の支配や、ウォルフのように他人の【支配ドミナント】を奪うといった特別な力を持つ代償と考えた方がいいかな。希少な力を持つ代わりに、通常の【支配ドミナント】は一つしかできないままなんだ」


「…………」


 【希少支配レア・ドミナント】の知られざる法則を聞いて、俺は顎に手を当てて考え込んだ。特別な力を使える上に、通常の【支配ドミナント】もできるというのはあまりにも破格の性能だが、通常の【支配ドミナント】が一つしかできないとなると、師匠が言ってたことにも納得がいく。


「俺たちが『未踏領域みとうりょういき』に落とされるまでに、天穿樹てんせんじゅが折れた幻覚、フットレストの空中移動、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』の出現と、3つのことが起こってる……」


「そうだね。そして、それはどれも【支配ドミナント】の力を駆使しなければ難しいだろう」


「おそらくウォルフ・テインは、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』に自分の【支配ドミナント】を使ってる。なら、天穿樹てんせんじゅの幻覚と、フットレストの移動ができないってことですか」


 だから、協力者の存在が浮かび上がる。ウォルフだけでは起こせないことが少なくとも2つは起きているのだから、踏破者ウォーカーの協力者がいると推測が立つのも当然だ。


「これから仲間を集める時、ウォルフの協力者が紛れる可能性を私たちは考えなきゃいけないわけだ。……まあ、協力者なんだから、浮いてるフットレストにいる可能性の方が高いけどね」


 師匠は気怠げ肩をすくめた。


「……さて、私から注意するべきことはあらかた伝えた。異論がなければ予定通り仲間を探しにいくよ」


「は、はい!」


 言うが早いか、師匠はスタスタと歩みを進めていく。置いて行かれまいと、慌てながら距離を詰めようとしたが、俺はすぐに歩みを止めることになる。


 その原因は、ルアさんだ。俺の前を歩くはずの彼女がなぜか、そのばで身を竦めて動こうとしないのだ。


「ルアさん……?」


 不自然に思って俺はルアさんの顔を覗き込んだ。

 すると、彼女の顔には焦りが浮かんでいた。何か思いつめた様子でじっと、師匠の方を見ている。


「大丈────」


 と、彼女の調子を確かめようとしたその時──。


 

「うわああああああああああああああああああああっ⁉︎」

 


「⁉︎」


 突如、遠方から聞こえてきたのは、男の悲鳴。


「師匠!」


「わかってる!」


 師匠の返事を聞くより先に、俺は駆け出していた。


 後方を見れば、ルアさんも走り出している。柔らかい砂の地面に普段より足を取られることを実感しながら俺たちは悲鳴が聞こえてきた方向へと向かった。

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