第20話 『回る天穿樹の大地』

 ──『回る天穿樹てんせんじゅの大地』。


 それは踏破者たちにとって最も馴染みのある『未踏領域みとうりょういき』。


 その理由は単純で、フットレストから『未踏領域みとうりょういき』に挑もうとすれば、必ず『回る天穿樹てんせんじゅの大地』に足を踏み入れることになるからである。『回る天穿樹てんせんじゅの大地』以外から『未踏領域みとうりょういき』に侵入しようとするのであれば崖のような高い山を越えなければならず、とてもじゃないが現実的とは言えない。


 よって、自然と踏破者ウォーカーたちは『回る天穿樹てんせんじゅの大地』を通ることとなる。どれだけ数をこなしベテランと呼ばれる踏破者ウォーカーであっても、まだ『未踏領域みとうりょういき』に数回しか足を踏み入れたことのない初心者の踏破者ウォーカーであっても、だ。


 だからこそ、『回る天穿樹てんせんじゅの大地』は踏破者ウォーカーたちの間で玄関口と呼ばれるようになった。


 踏破者ウォーカーであるならば必ず足を踏み入れることになる『未踏領域みとうりょういき』の玄関口。

 そして、最も踏破者ウォーカーの犠牲者を出した場所こそが『回る天穿樹てんせんじゅの大地』だ。

 その最大の原因はたった一つ。


 『回る天穿樹てんせんじゅの大地』はその名の通り天穿樹てんせんじゅを中心に『回転』をするのだ。


 『巨神の庭ギガント・ガーデン』『陸海りっかい』『パーフェクト・エデン』そして『属性遊地ぞくせいゆうち』と、天穿樹てんせんじゅを中心に四分割された大地が6時間ごとにルーレットのように回る。それこそが『回る天穿樹てんせんじゅの大地』で人が生き残ることを困難にしている要因だ。それは『回る天穿樹てんせんじゅの大地』に生息する生物たちも例外ではない。


 しかし、『未踏領域みとうりょういき』にとって異物ある人は、回る大地の回転ついていくことができない。つまり、今まで見ていた景色が一瞬にして別の景色へと入れ替わってしまう現象が起きてしまうのだ。



 ──そう、この現象こそが、今俺が体験しているものの正体だった。



「──っ‼︎」


 『未踏領域みとうりょういき』で10日間過ごした際に何度も経験したことではあるが、それでも未だに慣れたことがない。俺と師匠、そしてルアさんは、ついさっきまで間違いなく『属性遊地ぞくせいゆうち』にいた。


 だるような熱気を帯びたひび割れた大地に、枝から炎を灯す木が集まってできた炎の森。絶命して動かなくなった一角氷馬いっかくひょうまに、その氷馬との戦闘で辺りに散見される氷の柱やとげ。直前まで、俺の視界にはそれらの光景が確かに映し出されていた。


 しかし、たった一瞬。瞬き一つにも満たないうちに、その光景は様相を変えてしまう。


 乾いた熱地は、サラサラとした柔らかい砂の地面へ。炎をともす森はみる影もなく、ゴツゴツとした灰色の岩が砂地の間から所々隆起していた。視線をさえぎる物はそれと、色とりどり『珊瑚さんご』ぐらいで、あとはなだらかな砂の平地が続いている。


 そして、何よりを目に映る光景で目を引くのは、空を『』魚たちだ。


 空遊魚くうゆうぎょ。『未踏領域みとうりょういき』だけで観測される魚に似た魔物。それが、至る所で自由自在に泳いでいる。群れを作って泳ぐ小さな空遊魚くうゆうぎょや、堂々と空中をかき分けて進む大きな空遊魚くうゆうぎょなど様々だ。


 俺はこの場所を知っている。


 何故なら、『未踏領域』で過した10日間で、俺は何度もこの場所に来ているのだから。

 まるで、海の中に迷い込んでしまったかのような光景を作り出すこの場所の名は。


「──『陸海りっかい』」


  名が指し示す通り陸の海。『回る天穿樹てんせんじゅの大地』に存在する4つのエリアの内『属性遊地ぞくせいゆうち』に次いで幻想的とされている場所だ。


「ほらナユタ。何をぼーっとしてるのさ」


 俺の遥か上空を優雅に泳ぐ空遊魚たちを呆然と眺めていたら、横合いから師匠の声。


「早くルアを連れて移動するよ。ここでただ突っ立てるだけじゃ危険すぎるからね」


「あっ……、そうですね」


 師匠の言い分もっともだ。このままでは空遊魚に襲われるのを待つだけになってしまう。


 俺はすぐさまルアさんが座り込んでいる方向へと振り返り、彼女の下へと足早に向かった。





「『回る天穿樹てんせんじゅの大地』の最も恐ろしいところは4つの大地が入れ替わることによって、そのエリアごとの対応が求められることにある」


 師匠の先導の下、ルアさん、俺と続きながら砂地を歩いていく。


「さっきまでいた『属性遊地ぞくせいゆうち』の炎や氷、水や風といった属性を持つ魔物たちへの対策を万全にしていたところで、今いる『陸海りっかい』にいる空遊魚たちに対する対策と知恵を持っていなければ生き残っていくのは困難だろう」


 俺たちは今、できる限り隆起している岩を影にしながら歩を進めている。

 周りを泳ぐ空遊魚くうゆうぎょたちの視界にできるだけ入らないようにする工夫だろう。


「……もしかして俺たちって、かなりやばい状況にいます? 『陸海りっかい』って『回る天穿樹てんせんじゅの大地』の中で最も危険なエリアですよね?」


「ああそうだね。かなりまずいよ」


 あっけらかんとした調子の答えだったが、俺を不安にさせるには十分な効果を持っていた。


 ふと上を見てみると、岩陰から1mは有に超えている巨大な魚が出てきて、俺の頭上をスルリと通りすぎていった。あんなのが、縦横無尽に泳ぎながら襲ってくるのが、『陸海りっかい』だ。地上しか歩くことができない俺たち人間と、空中を自在に泳ぎ回れる空遊魚くうゆうぎょ、どちらが有利かは言うまでもない。


 だからこそ、『陸海りっかい』は『回る天穿樹てんせんじゅの大地』で最も危険な場所と言われている。


「でも、ここだからこそできることもある。ルア?」


「は、はい!?」


「ここ『陸海りっかい』とさっきまでいた『属性遊地ぞくせいゆうち』。風景の違いは何だと思う?」


「えっ!? ……えーっと……?」


 師匠からの質問が来るとは思ってなかったらしく、明らかにどもっているルアさん。


空遊魚くうゆうぎょがたくさんいることと、『陸海りっかい』には属性がないこと、ぐらいでしょうか?」


「ああ、すまない。私の言い方が悪かったね。もっと単純でいいんだ。例えばここの地形についてどう思う?」


「ち、地形ですか? えっと、え〜っと」


 師匠の圧がちょっと強い。

 ルアさんが焦りながら必死に答えを探そうとしている。


「……ここはかなり開けた土地だと思います。森とかがないので、見晴らしがいいです」


「うん、そうだね。その通りだ。よく見ているね」


「どういうことですか、師匠? 開けた土地ってことは魔物にみつかりやすいってことだと思うんですけど……」


 師匠の意図がわからず、俺は彼女に質問する。

 師匠はこちらには振り向かず、警戒のため辺りを見回しながら、答えてくれた。


「見晴らしがいいってことは何も空遊魚くうゆうぎょたちに限った話じゃない。私たちも探しものが見つけやすいってことだ」


「さ、探しもの……?」


「ナユタ、あの空に浮かぶフットレストから落ちたのは、私たちだけかい?」


「違います。あの時は、街にいた人が多分ほとんど落とされて…………あっ!」


「気がついたようだね。私が探しているものに」


 師匠が探しているもの。それはつまり──。


「フットレストから落ちた踏破者ウォーカーたちですか」


「うん。正解。まあ、もっと詳しく言えばガイアンを探してるんだけどね」


「…………!」


「ルアさん……?」


 おやっさんの名前を出した時、何故か前を歩くルアさんの体が強張った気がした。


 何か気がかりなことでもあったのだろうか?


「……つまり、私たちは仲間を集めるんだ。聞いてるかい、ナユタ?」


「あっ……はい、すいません」


「この見晴らしがいい『陸海りっかい』で、踏破者ウォーカーたちを集める。君だけじゃ勝つのが難しいのなら、10日間の間に仲間を作って戦力を増強するってわけさ」


「だから、戦力として期待できるおやっさんですか……、でも、おやっさんは……」


 俺と師匠は見てしまった。おやっさんがウォルフ・テインに【支配ドミナント】を奪われ、斬り刻まれる様を。


「大丈夫だよ、ナユタ」


 ふと、いつもより優しげな師匠の声が耳に届いた。


「ガイアンは『番人ガーディアン』と呼ばれるほどの踏破者ウォーカーだ。あんなところを見てしまえば心配になる気持ちもわかるが、彼の強さなら『未踏領域みとうりょういき』に落ちたって生き残っているさ」


「師匠……」


 確かに、おやっさんなら敵に【支配ドミナント】を奪われて、大怪我を負わされて、【支配ドミナント】がない状態で『未踏領域みとうりょういき』に落ちても……。


「ホントに大丈夫ですかね……」


「……大丈夫だよ、多分……」


 心配になってきた。


「まあ、とにかく私たちはこの『陸海りっかい』でガイアンたち踏破者ウォーカーを探していく。ウォルフを倒したい者、そんなことより帰りたい者、考えは様々だろうけど、そこは人数がある程度集まったら討伐班と帰還班にグールプを分ければいい。そうすれば、ルアだって安全に行動することができる」


「なるほど……」


 師匠の言う通りだ。そうすれば、ウォルフを倒す確率も、安全に帰れる確率もグッと増すはずだ。


「だけど、これにはたった一つ、注意しなきゃいけないことがある」


 だが、俺の感心をよそに、こちらを振り向いた師匠の面持ちは神妙だった。彼女は人差し指を立て、その手をこちらへと突き出して、言った。


「ウォルフ・テインには、踏破者ウォーカーの協力者がいるよ」

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