第19話 戦果

「──よしっ‼︎」


 師匠が立ててくれた作戦は、成功した。その白く太い首をき斬られた一角氷馬いっかくひょうまは、立っている力を保てなくなったのか、崩れ落ち、熱地へと横たわる。

首元から噴き出る血と細かな痙攣けいれんを繰り返す白馬を見て、もう命は長くないと、そう思った。


 ふと、後ろを振り返ってみれば、そこには信じられないようなものを見る目で固まっているルアさんの姿があった。そんなルアさん目掛けて俺はピースサインを作った片手を突き出してみせる。俺の顔にはきっと、渾身の笑みが浮かんでいるだろう。


「おぉ〜い」


 そうしていると、突然力のない呼びかけが俺の耳に届いた。

 声がした方向を見てみれば、長い黒髪を揺らす一人の少女がいた。


「師匠!」


 疲れているのか、こちらに向かってフラフラと走ってくる師匠に、俺は全力で手を振った。


「はあ、はあ……、あっつ……もうやだちょー熱いぃ……」


 彼女が後からやってきたのにはきちんとした理由がある。ルアさんに追いつくためには師匠を担ぎながらでは難しいため、彼女は後から合流する手筈になっていたのだ。師匠なりに全力で走ってくれたのだろう。今にも倒れそうになりながらも、懸命に足を動かしてくれている。


「…………ど、どうやら倒したようだね」


「はい。何とか、ですけどね。ありがとうございます。師匠のおかげです」


「そこは賭けを成功させた自分を褒めるべきだよ、ナユタ。────さて」


 師匠はチラリとルアさんの方を見て、すぐさま視線を下へ、絶命して動かなくなった一角氷馬いっかくひょうまへと落とした。


「ルアに色々聞きたいけど、今はこっちだ。早く氷の角削いで【支配ドミナント】をするといい。そろそろ時間がないからね」


「……角ですか?」


「ああ。一角氷馬ドミナントの氷の角はかなりいい武器になる。今の段階で【支配ドミナント】しておいて損はないよ」


「わかりました」


 俺は師匠に言われた通り、彼女からもらった担当を握りしめて、倒れている一角氷馬に近づいた。


「あ、そうだ」


 角を剥がして【支配ドミナント】する前に一つやっておかなくちゃいけないことがあった。

 俺は右手の甲に意識を集中させるとある言葉を唱えた。


「──【解放リリース】」


 すると、地下から温かい熱を感じることができた。その熱はこちらへと近づいていき右手の甲付近に集まると、一つの紋様を描き出す。それは青い逆三角形の【支配紋章ドミナント・エンブレム】だ。


 【解放リリース】とはその名の通り自分が【支配ドミナント】した物体・生物を解放することを意味する。


 先ほど感じた地下からの熱は、今まで【支配ドミナント】していた水泡樹すいほうじゅの枝からのものだ。【解放リリース】をしたことで、支配権を失う代わりに、他のものを支配する権利を取り戻したということだ。その証である【支配紋章ドミナント・エンブレム】を確認し俺は角を剥ぐ作業に取り掛かった。


 氷馬の角は案外簡単に剥ぐことができた。改めて手に取って見てみると、その美しさが一層目に映える。全体の長さは30cm程だろうか、青く透き通った色はクリスタルのような輝きを放っている。つい先程まで熱水を浴び、熱を持った大地に触れていたにも関わらず、氷馬の角は溶けていないようだった。不思議な氷だ。一体どうやって──。


「こら、見惚れてる場合じゃないよ。ささっと【支配ドミナント】する」


「あ、はい」


 ぼーっとしていると、師匠から忠告が飛んできた。


「【支配ドミナント】──」


 と、慌てて意識を右手の甲と氷の角に落として、自らの支配下に置くための言葉を紡ぐ。


 すると、右手の甲にあった【支配紋章ドミナント・エンブレム】が砕けた。

 そして、砕けた際に生じた熱が氷の白馬の角を包み込んでいく。

 【支配紋章ドミナント・エンブレム】から発せられた熱が、完全に氷馬の角を包み込んだ時、一つの確信が俺の中に芽生える。


 この角は、今この時から俺のものになったのだ──と。


「うん……!」


 これで【支配ドミナント】は完了。

 水泡樹すいほうじゅの枝から、一角氷馬の角へと俺の【支配ドミナント】は移り変わった。


「おめでとう」


 師匠は静かに拍手を繰り返しながら祝ってくれた。


一角氷馬いっかくひょうまの角は、水泡樹すいほうじゅの枝より確実に強力な武器だ。そうやって【支配ドミナント】を駆使しながら、より強力なものを支配していく……。君も踏破者ウォーカーらしくなってきたね」


「……はい!」


 師匠が褒めてくれた。そのことが嬉しくて、思わず声が弾んでしまう。俺は今、踏破者ウォーカーとして『未踏領域みとうりょういき』を生き抜いているんだ。


 だが、喜びと同時に湧き上がったのは、ふとした疑問だった。


「……でも師匠。どうして氷馬の角を取ることをあんなに急かしたんですか?」


 はじめは氷が溶けるのを嫌ってのことだと思ったが、氷馬の角は健在だ。なら一体何を急いでいたのだろうか。そう思って師匠に疑問を投げかけてみると返ってきたのは呆れ顔だった。


「……まったく、それは踏破者ウォーカーにとって基本中の基本だよ。本当に抜け落ちているのかい?」


「え⁉︎ な、何でしたっけ……?」


「今が何時なのか思い出してみるといい」


「時間……?」


 えっと……俺たちがフットレストから落ちてきたのが11時過ぎごろだから、今は──。


「あっ」


「気がついたようだね」


 そうだ、何で今まで忘れていたんだ。ここは『未踏領域みとうりょういき』で、その玄関口と言われている『回る天穿樹てんせんじゅの大地』だ。


 つまり。


「そろそろ『』よ」


 そう、師匠が言った直後だった。

 


 ──景色の全てが一瞬にして入れ替わった。

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