第18話 罠

 一角氷馬いっかくひょうま苛烈かれつ極まる攻撃を俺が何とか避けることができているのは、単純に距離をとっているからだ。離れた位置に出現する氷の柱も、地面をうようにして隆起する氷のとげも距離をとっているから回避が可能になっている。当然そのことは、相対する一角氷馬いっかくひょうまが一番理解しているだろう。だから氷の白馬が取る行動は大体予想がついた。


『────』


 白馬の魔物が灼熱しゃくねつの地を蹴った。そのたくましい四本の足で、俺との距離を迅速に詰めてくる。


「────っ!」


 当然俺も、ただ黙って見ている訳ではなかった。ヤツが動き出すと同時に後方へと振り返り、全力で駆け出し、開いている距離を保とうとする。


 ──が、そもそもこちらは人で相手は馬に似た四足の魔物だ。長距離を長く、速く走ることを得意としているのは間違いなく白馬の方だ。次第に開いていた距離も縮まってきてしまう。


「くっ──」


 焦りを覚えながら、行く先にある大きな亀裂を飛び越え、しばらく進んだ時だった。


 突然、俺の目の前に氷の柱が出現した。


「なっ⁉︎」


 驚いて足を止めた俺の左右にさらに連続して発生する2本の柱。

 逃げ道を断たれた。


 そう理解した時にはすでに白馬は俺が飛び越えた大きな亀裂をまたいでたたずんでいた。俺との距離はおよそ10m。氷柱で囲まれたことも手伝って、ヤツの攻撃を避けることはできない距離だ。


『────』


 一角氷馬いっかくひょうまは、まるで勝ち誇ったかのような眼差しでこちらを射抜いてくる。確かに、側から見ればこの状況は絶望的だ。もう俺には逃げ道は残されておらず、氷を躱すこともできない。


 ──だけど。

 そう、だけど。

 この最悪の状況こそ、俺が作り出したいものだった。


『────!』


「まだだっ!」


 止めの一撃を放とうと、白馬の透き通る角が光を帯びたその瞬間、俺は師匠からもらった短刀を白馬に向けて投擲とうてきした。そして同時にへと力を込める。

 追い詰められた獲物の最後の抵抗だと捉えたのだろう、一角氷馬は、まるで嘲笑うかのように自らの目の前に氷の壁を形成し、飛んでくる短刀を防ごうとする。ルアさんの時と同様、俺の放った短刀は無常にも出現した壁へと突き刺さるだけに終わった。

 ──と、同時の出来事だった。

 


 一角氷馬いっかくひょうまの真下、ヤツがまたいでいた大きな亀裂から、突如として凄まじい勢いの水が噴き上がったのだ。



『⁉︎』


 氷の白馬からしてみれば、完全に意識の外の出来事だったろう、爆発的に噴き出た水をもろにくらってしまう。熱気を裂くような轟音が響く中に混じって、白馬の悲鳴にも似た叫声が聞こえてくる。


(かかった!)


 その悲鳴を聞いて、俺はルアさんを下ろして前へと駆け出した。

 走りながら思い起こすのは、ここにくる前にした師匠とのやりとりだ。



炎灯樹えんとうじゅの森を抜けた先にある『乾いた熱地』、君がルアに追いつくとしたらそこになるだろう」


「はい」


「熱地は炎灯樹えんとうじゅの森と同じく炎属性を持つ大地だ。地下にある燃え続ける炎が大地を暖めているとされている。──今回はその熱された大地を利用する」


「利用、ですか?」


「ナユタ、熱地に着いたら、できるだけ大きく深く割れている亀裂を探すんだ。そして、そこに水泡樹すいほうじゅの枝を投げ込んで、水を最大開放する。すると、どうなると思う?」


 師匠の問いに、俺は思考を巡らすが答えは出ない。


「すみません、わかりません!」


「素直でよろしい。だけど、『未踏領域みとうりょういき』では膨大な知識が武器になる。覚えておいて」


「はい!」


「答えは亀裂から熱水がとんでもない勢いで噴き上がる。熱を持った大地が、水泡樹すいほうじゅから出る水を急激に温めることによってね」


 つまり。


「君は、即席の間欠泉かんけつせんを作るんだ」

 



 属性遊地ぞくせいゆうちは、奇跡的なバランスで成り立っている。

 崩そうと思えばすんなり崩せる。

 師匠の教えを今、身をもって実感していた。


 白馬の魔物に追われ、大きな亀裂を飛び越えた際、俺は密かに水泡樹の枝を亀裂に放り込んでいた。あらかじめ布石を打ち、そこに誘導するという危険な賭けではあったが、作戦は成功した。


 その確信を以って、俺は目の前にある氷の壁を突き刺さっている短刀を押し込むことで破壊する。開かれた視界の先には、熱水の直撃を浴びて、苦しそうにもだえている一角氷馬いっかくひょうまの姿。


 その姿を見て、一歩、二歩とさらに強く地を蹴って、白馬の首元へと入り込んだ。そして、渾身の力を込めて、手に持った短刀を下から上へと振り上げる。


 果たして、その斬撃は、氷の白馬の太い首へと入り込み、掻き斬った。

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