第15話 戦闘
──魔物。
それは『
その生態系は多種多様で、あまりにも特殊なものとされている。何故ならば、『
俺たちの目の前に現れた生物もまた、特殊な進化を遂げた一種だ。
炎を纏った小柄な悪魔。
それを一言で表すなら、その言葉が一番端的に表せているだろう。
俺の身長の半分もない赤黒い体躯に、枯れ木を思わせる細い手足。犬のように鼻と口が長い頭部には不釣り合いなほど巨大な角が2本生えている。一見すれば、小さく不気味な悪魔に見えるが、その最大の特徴は炎にある。細い手首と、巨大な2本の角に沿うように燃え盛る炎が、目の前の悪魔の異様さを引き立たせている。
それが、目の前に5体。
群れをなし、体内で生成された炎で踏破者や他の魔物を襲う炎の悪魔の名は──。
「『フレアイービル』──」
5体の燃え盛る悪魔たちは、俺たちを見つめ、仕切りにその場で体を動かしたり、手首に宿す炎を燃え上がらせている。明らかな興奮状態。獲物となる人間を見つけた喜びで、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
俺はおやっさんに教えられた癖で、
「あっ──」
そこまでして、俺はようやく気づいた。今の俺には、持ち物らしい持ち物を一切身につけていないことに。当然だ、俺は昨日
「…………」
無言のまま、冷や汗をダラダラとたらし始めた俺。そんな俺の後方からため息が聞こえてきた。
「ほらナユタ、受け取って」
「⁉︎」
ため息の後に続いたのは師匠の声、俺は反射的に振り返り、師匠が放り投げたものを受け取った。それは、革の鞘に納められた短刀だった。
「これって──」
「私が携帯してるナイフ。何もないよりはマシだろうからね」
「師匠……!」
やばい、師匠が施しを与えてくれる天使様に見える……!
「その代わり、あそこにいるフレアイービルたちは君一人で倒せ」
「師匠⁉︎」
やばい、師匠が目の前にいる魔物たちと同じ悪魔に見える!
「ウォルフ・テインを倒したいんだろう?」
「────」
「だったらこの程度のことで立ち止まってはいられないよ」
「……そう、ですね」
「それに今の君には【支配紋章】がある。やられっぱなしじゃないはずだ」
師匠の言葉は俺の耳に届き、熱を灯す。
その熱に逆らわず、俺は鞘から短刀を抜き放った。
「君自身の夢のために、成し遂げて見せろ、ナユタ・フォッグフォルテ」
「──はい!」
師匠に応えるためにも、俺は前へと駆け出した。
目の前にいる5体のフレアイービル目掛けて、大地を蹴る。
『ギギャギャギャッ!』
フレアイービルたちにとっては、獲物と定めた人間が自らその身を差し出しに来たように見えるだろう。喜びと興奮を含んだ叫び声をそれぞれが上げている。
だが、それで構わない。俺は少しも速度を緩めることなく進み続ける。
そして、俺の突撃に反応したフレアイービルの内の一体がこちらに向けて、手を突き出す動作をした。
(──来る!)
確信と共に悪魔の手から放たれたのは、莫大な量の炎だった。
悪魔の炎は無造作に広がるわけではない。太い線を描くように一直線に距離を詰めてくる密度の高い炎だ。迫り来る炎の狙いは俺の頭だ。確かな速度を持つその炎に少しでも触れてしまえば、致命傷は免れないだろう。
だから、大きく、しかし距離を詰めるための速度は殺さずに、躱しきる必要がある。
俺は咄嗟に足を前へと突き出しながら、体を真下へ沈ませた。足からのスライディングで体を沈み込ませることで無理やり回避を成功させる。
頭頂部あたりから、俺のすぐ上を通り抜ける炎の熱を感じながらも、それを無視して、再び体を起こし、駆け抜ける。
すでに炎を放ってきた魔物との距離は、短刀が届く間合いに入っていた。
俺は勢いのまま炎の悪魔の横を駆け抜けると同時に、相手の頭を裂くつもりで短刀を横薙ぎに振るう。
しかし、その斬撃が斬ったのは空気だけだった。
フレアイービルは手を真下に向け、炎を噴射することで、上に凄まじい速度で飛んだのだ。
「────っ⁉︎」
師匠の本であらかじめ知識は入れていたが、やはりフレアイービルは器用で素早い。
ヤツの角や手首から出ている炎は攻撃だけに利用されるわけじゃない。先程のように放った炎の推進力を活かすことで空中機動や姿勢制御にも用いるのだ。
必殺のつもりで繰り出した一撃が、簡単に躱される。
──だが、そんなことは織り込み済みだ。元から手にした短刀一本で、『未踏領域』にいる魔物を倒すことができるなど思っていない。
だから俺は、そのままフレアイービルたちに背を向け、悪魔の横を通り抜け、そのまま一直線に走った。
『ギャギャッ⁉︎』
背にしたフレアイービルたちから驚いたような鳴き声が聞こえてくる。当然だろう、目の前に現れたと思った獲物が逃走するような仕草をとったのだ。
火を
通常ならば、フレアイービルたちの素早い空中機動は俺の走るスピードよりも遥かに速い。だが、俺は元々悪魔たちの奥にある
結果として、俺は悪魔たちが俺に追いつく直前に、
その瞬間、
「────【
叫びと同時に感じたのは、右手の甲からの熱だった。それは【
右手の甲にある【
俺は確信する。
今この瞬間、この水を咲かせる
──直後、俺の意思を通じて、枝に付いていた水が爆発的に
爆発的な速度で増していく水は、俺の目の前に分厚い幕を形成した。それは、俺の全身を覆い隠してしまう程巨大なものだった。
これこそが、【
今、俺たちがいる『
だから今回、俺は
そう、今まさに、俺を目掛けて突っ込んでくる悪魔たちの炎をかき消すための莫大な量の水を操るために。
『ギッ⁉︎──ボボッ‼︎』
作り出した水の壁に突っ込んできたのは、特に先行していた3体のフレアイービルたち。
まるで、高音で熱した鉄を水に入れたような音が連続し、大量の水蒸気が上がる。
残りの2体は、距離があったため水の壁に気づいたようで、手を前に突き出し、炎を噴射させることで壁への衝突は回避する。
できることなら、5体全員を水の壁に衝突させたかったが、今はこれでいい。
俺は素早く短刀と枝の持ち手を入れ替えると、水の壁を解除することを頭の中で思い描く。すると、イメージに従って、目の前にできた水の壁は形を保てなくなり、重力に従って、地面へと落ちていく。
消えた水の中から出てきたのは、炎を完全に失った枯れ木のような悪魔が3体。
俺は一歩、瞬間的に踏み込み──。
──三撃。
3体にそれぞれ一太刀ずつ、短刀を振るった。
頭部、胴体、首元と、致命的な急所に深々と斬撃を刻み込む。その手応えは確かなものだった。それだけで、3体の悪魔の命を絶ったことを確信できるほど。
だから、思考と行動を、次の段階へ。
取りこぼした2体のフレアイービルを残らず仕留めるための思考と行動へと切り替える。
更に一歩、前へと踏み込む。
2体のうち一体、俺の右斜め前にいる悪魔めがけて、払うように短刀を薙ぐ。
迫る短刀に、炎の悪魔は反射的に手首の炎を噴射し、真上へと飛び上がる。
『ギャボッ⁉︎』
だが、悪魔が飛んだ先には、水泡樹で作り出した水の壁。斬撃で悪魔が避ける先にある程度目星をつけ、あらかじめ水の壁を作っておいたのだ。
俺の目論見は見事に功を奏し、空中でフレアイービルの噴射を止めることに成功する。
「ふっ──」
まるで指揮者が操るタクトのように水泡樹の枝を操る。その軌道に呼応するかのように水の壁は炎が消えた悪魔を中心に球体へと形を変えた。莫大な量の水が俺のイメージ通りに操れる。そのことを確信しながら、俺は再び握った枝を振り下ろした。──背後、俺を焼き殺すために両の手を前へと構えていた残り一体のフレアデーモン目掛けて。
数瞬の遅れはあったものの、水球は枝の軌道をなぞるように背後にいた悪魔の頭上へと落下した。圧倒的な質量と勢いを以って着弾した水球は、大量の飛沫をあげる。その中で苦しそうにもがくのは2体のフレアイービル。もはや奴らには俺のことを気にしている余裕なんてないだろう。
俺は素早く水泡が着弾した地点へと駆け、悪魔たち目掛け刃を閃かせる。
『ギッ──』
短くも、確かに聞こえた悪魔たちの最期の声。その声を聞いて俺はようやく肩の力を抜くことができた。
「はあ……!」
終わった。
師匠からいきなり課せられた5対1でのバトルだったが、【
都合よく、炎の悪魔たちが水の森から出て来てくれたことが幸いした。
「──ん?」
都合よく、だって?
そもそも何で、フレアイービルたちは自らが苦手とする属性がある水泡樹の森から出てきたんだ?
そうだ。炎を宿す魔物、フレアイービルは、同じ属性を持つ場所にいるのが当たり前だ。
だから、本来ならこの悪魔たちは俺たちの後方にある炎の森から出てこなければおかしいのだ。これは明らかな異変だ。
勝利の余韻を壊す違和感と共に、俺は視線を下へ。
倒れ伏したフレアイービルの死体へと目を向ける。すると、その小柄で枯れ木のような体には、俺がつけた深々とした傷以外にも、様々な裂傷があった。まだ目新しく、血が滲み出ている切り傷。ふと、近くに倒れている別の悪魔の死体を見てみても同じような傷が目に飛び込んできた。
『何か』がいる。
気づいた違和感と悪魔たちの傷の2つが、俺の脳内に全力で警鐘を鳴らす。
炎を操る悪魔に傷をつけ、苦手とされる水泡樹の森まで追い詰めた何かが、この近くに!
「⁉︎」
瞬間、俺はその場から跳び退いた。
寒気──いや、突如あたりを包んだ、肌をさす冷気を感じ取ったからだ。
果たして俺は、回避することに成功した。
俺が先ほどまでいた場所に、突如として出現した氷の柱の回避に。
「くそっ!」
悪態をつきながら、俺は体勢を整え、顔をあげた。
急いで辺りを見回し、先ほどの氷柱を発生させた主を探す。
意外なことにその主はすぐさま目星をつけることができた。
何故ならば、4本の足を使い、こちらに向かって悠然と歩いてきていたからだ。
白い
俺はそいつを知っていた。
その魔物の名は。
「……『
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