第11話 『地平を喰らう者(オリゾン・イーター)】

 見上げた視界の先、通り沿いの建物の屋根の上、炸裂した斬撃がガイアンを切り刻んだ。


「おやっさん‼︎」


 黒い外套がいとうの男を追跡するために、通りを走っていたナユタは、思わず叫び声を上げた。 斬り刻まれたガイアンは、力なく膝から崩れ、屋根を転がって通りへと落下していく。


 ガイアンと黒外套がいとうの男が交錯したと思ったら、黒外套の男の手には、ガイアンが持っていたはずの『風飾かぜかざり』が握られていた。


 視界の先で起きたことは説明できるが、ナユタには何故そうなったのか全く理解ができなかった。


「【希少支配レア・ドミナント】……! 奴の自信の正体はそれかっ‼︎」


 だが、ナユタにおぶられていたテルルが、男が持つ力を看破する。


「【希少支配レア・ドミナント】──?」


「【支配ドミナント】の中でも例外中の例外、特別な支配の力を持つ支配をそう呼んでるんだ」


 矢継やつばやにテルルは言葉を紡いでいく。


「おそらくあの男の【希少支配レア・ドミナント】は強奪スナッチだ。他人の【支配ドミナント】を自らの支配下に置くことができる力」


「そんな力、反則じゃ……」


「ああ、決して万能ではないけれど反則さ。──でも、反則の力を持っているとわかったらあの大通りでの大立ち回りにも納得ができる」


 つまり、二色の髪を持つ男は自らの犯行を自慢したくて、大通りで名乗り上げたのではない。


「自分の能力となる【支配ドミナント】を厳選するために、あの男は踏破者たちを挑発し、攻撃するように仕向けたんだ」


 テルルの推察を聞いて、ナユタはゾッとした。師の推察が正しければ、道へと落下したガイアンを屋根から見下ろす男は、そこまで考えて大多数の踏破者ウォーカーたちを相手取ったことになる。


「まずいぞ……ナユタ。あの男の標的になる前に今すぐここから離れるんだ!」


「でもおやっさんが──」


「──っ。……他の人のことに構ってる余裕なんかない! 私が言った通り、街の端を目指すんだ!」


 だが、ナユタはこの場を離れることができなかった。

 視界の先には、血塗れのガイアンが倒れている。彼を見捨ててきびすを返すことなど、ナユタにはできなかった。

 しかし、男はナユタたちを気にも留めていない。それどころか、ガイアンにももはや興味を示していない様子だ。


「準備は整った」


 男の低く、落ち着いた声がナユタに届いた。

 周りにいる踏破者たちにも同様に、声が響く。


「俺の名はウォルフ・テイン。君たちの力を糧に、最悪の3人を討つ男だ」


 宣言と共に、黒外套がいとうの男、ウォルフは右手を天へと掲げた。


「眠る前の最後の仕事だ『地平を喰らう者オリゾンイーター』」


 彼の呼びかけに応える影があった。それはとてつもなく巨大な生物だった。

 まるで、刃に切られたかのように細く切れの長い眼に、鋭くも大きい鳥のようなくちばしを持つ頭部。そして、その頭部から伸びるのは太く長い大蛇のような胴体。

 龍のようにも見えるそれは、途切れた街の端からゆっくりと顔を覗かせた。


「『地平を喰らう者オリゾン・イーター』……!」


 ナユタは驚きを隠さず、その名を口から零した。8年前の記憶が頭の中で蘇る。サイズこそ小さくなっているものの、突如現れた巨大生物は間違いなく『地平を喰らう者オリゾン・イーター』だ。


 8年前に起きた『地喰じぐらい』で、文字通り大地を食い荒らし、無数の人々を飲み込んでいった【支配者ドミネーター】が今、目の前にいる。


 ナユタ自身『地平を喰らう者オリゾン・イーター』の恐ろしさは身にしみて理解をしている。だからこそ少年は、空に頭部を伸ばす【支配者ドミネーター】を見つめ、体を硬直させてしまう。


 『地平を喰らう者オリゾン・イーター』はゆっくりと、自らの顔をウォルフへと近づけ、ピタリと動きを止める。


「『地平を喰らう者オリゾン・イーター』はこれより10日をかけて、君たちの【支配紋章ドミナント・エンブレム】を奪う。──それが受け入れられないのなら、その間に私を殺し、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』を討伐してみせろ」


 ウォルフの言葉だけが、この場を支配していた。


 彼は、言いたいことを言い終えたのか、視線を上に向けると、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』へ冷徹に指示を下した。


「さあ、この切り取られたフットレストにいる者たちを吹き飛ばせ」


 下された指示に、『地平を喰らう者オリゾン・イーター』は忠実に動き出す。

 街を見下ろし、口を大きく開け放つ。──そして。


『──ギィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎』


 鼓膜を破らんばかりの叫び声を街全体へと響かせた。

 その声は、爆発的な風となって、街を駆け巡った。ナユタには、吹き荒れる強烈な風から逃れる術など何もない。一瞬にして、ナユタは風とぶち当たった。抵抗することも許されず、暴風に巻き込まれ、足が地面から離れた。


 そこから先はあっという間だった。『地平を喰らう者オリゾン・イーター』の咆哮によって、ナユタはフットレストの外へと吹き飛ばされたのだ。

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