第10話 【希少支配(レア・ドミナント)】

 脅威が迫る。


 屋根を走り逃走する最中、四方八方から飛来する踏破者たちの攻撃をかわしながら、男は背後から、一際強い『圧』を感じ取った。


 素早く後ろを振り返ってみれば、同じく屋根の上、こちらを猛追してくる人物が一人。


 その者の名はガイアン・アルクヴァース。

 白髪混じりの髪に無精髭ぶしょうひげ、大柄で分厚い体は、鍛え上げられた肉体であることを主張するには充分だった。


 黒外套がいとうの男は、即座に全神経を迫るガイアンへと集中させた。

 特に、彼が持つ純白の刀へと注意を向ける。


 男がガイアンに気づいた時には、すでにそこは『番人ガーディアン』の間合いであった。

 男と『番人ガーディアン』との距離はおよそ10m。


 ガイアンが持つ刀では、物理的には届かないはずの距離。──にも関わらず、ガイアンはその場で足を止め、刀を上段へと振り上げていた。


(間に合わん──)


 距離を詰め、刀が振り切られる前に受け止めようとして、間に合わないことを悟った男は、今度は逆に距離を取ることに全力を注ぐ。

 ガイアンの方を振り返り、彼を視界に入れたまま後方へ跳躍。高さを稼ぐというよりは、低く、鋭く、距離を稼ぐ。その跳躍により、ガイアンとの距離は15mにまで開く。


 ──だが。


「──ゥオラァッ‼︎」


 『番人ガーディアン』は開いた距離を意に介さず、上段に構えた刀を振り下ろした。


「ッ⁉︎」


 それを見て、男は自らの周りの空間に意識を向ける。

 その直後、黒外套がいとうの男の周辺に炸裂したのは、十数にも及ぶ斬撃だった。


 上下左右、前方後方ありとあらゆる空間から同時に発生した斬撃は、様々な角度から男の体を斬り裂いていく。跳躍を終え、足が屋根へと着地した頃には、男が羽織っていた黒い外套はあちこちが裂けており、その奥から血を滲ませていた。


「……浅えな」


 と、吐き捨てたのは、純白の刀を振り下ろしたガイアン。

 彼は、露骨に顔をしかめた。『設置した斬撃』が男の跳躍によってずらされたのだ。


「【支配ドミナント】の能力が知られてるか。……ったくやりにくい」


「…………あなたはこのフットレストで『番人ガーディアン』と呼ばれるほどの男だ。もちろん知っているさ」


 ガイアンの独り言にも近い愚痴に、言葉を返しながら、男は『番人ガーディアン』へと突撃した。


「数千、数万の剣が墓標のように突き立てられる『魔剣の墓場』。その中の一刀、『風飾かぜかざり』。それがあなたが【支配ドミナント】した武器──」


 男の突撃は、攻撃のためではない。むしろ防御を優先した結果である。


「その能力は『斬撃の拡散』。──振り切った一撃と同威力、同速度の斬撃を目視できる距離に飛ばすことができる力」


 だからこそ距離を詰め、刀を振り切られる前に、始動の一撃を止める。

 『風飾かぜかざり』の威力に驚いて足を止めてしまっては、使い手の思う壺だ。


「だが、だからといって近距離での応戦も危険か」


 男は、ガイアンから振るわれた『風飾かぜかざり』の一撃をナイフで受け止めた。斬撃の拡散を止めることには成功したが、振われた刀の一撃は凄まじい。

 正確に受け止めることができていなければ、間違いなく今の一撃で胴は分たれていただろう。


「そもそもが刀だ。使い手次第では遠近両用の必殺になりうる代物だな」


「さっきからテメェは何をぶつぶつと言ってやがる」


 言葉を交わす最中に、二度、刀とナイフが交錯こうさくする。


「確認だ」


「あん?」


「実際にやり合ってみてわかった。──やはり、あなたのが一番


 呟かれた言葉の意図がわからず、疑問を持ちながらも、ガイアンは『風飾かぜかざり』を振るう。

 横合いから迫る刀。しかし男は、来たる刃をナイフで受け止めることはしなかった。


 受け止めきれず、回避を選択したのではない。

 防御も、回避も捨てて、ただこちらへと右の手を伸ばしてきたのだ。

 男の伸ばした手が、横に振るった刀よりも先に、ガイアンの肩に触れた瞬間だった。

 


 ガイアンの手から刀を握っている感触が消えた。


 

「──は?」


 思わず、ガイアンは声を漏らした。


 黒い外套の男の胴を両断するために振り切った腕をゆっくりと見てみれば、そこにある筈の刀がなかった。信じられないことに、『風飾かぜかざり』突然姿を消したのだ。

 あまりの出来事に言葉を失うガイアン。しかし、異変はこれだけに収まらない。


 ──後方から気配を感じた。


 ガイアンは、ほとんど反射的にその場から飛び退いた。後方へと振り返りながらの跳躍だ。思考をしてないにも等しい咄嗟の行動だったが、回避と確認、その両方を確立するための手段を体が勝手にとったのだ。


 結果として、彼は攻撃の回避と後方の気配の確認を成功させた。


 だが、振り返った視界の先でガイアンが見たものは、またしても信じられない出来事だった。


 ──斬撃だ。


 つい先程までガイアンがいた位置に発生したものは、十数にも及ぶ斬撃だった。


「なっ⁉︎」


 それは紛れもなく彼の愛刀『風飾かぜかざり』の力。しかし、彼の愛刀は今。自らの手元にはない。 では、一体何故、『風飾かぜかざり』の能力がガイアンへと牙を向いたのか?


 その答えは、炸裂した斬撃のさらに奥にあった。


 奥にいたのは、黒い外套がいとうの男。そして彼の手に握られているもの。それは──。


「──『風飾かぜかざり』?」


「必殺の一撃のつもりだったんだが、あれを躱しきるか。さすがだな」


 驚き目を見開くガイアンをよそに、黒外套がいとうの男は手に持つ純白の刀を見た。

 間違いなく、それは『風飾かぜかざり』だ。


「……テメェ、何をしやがった」


「奪わせてもらった」


 端的に、男は答えた。


「奪う、だと?」


「ああ、そうだ。相手が【支配ドミナント】した物質や生物を、強制的に俺の支配下に置く。──それが俺の【支配ドミナント】だ」


 言って、男は『風飾かぜかざり』を横にいだ。


 ──斬撃が、炸裂した。

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