第9話 【支配(ドミナント)】

「ナユタ、そもそも君は【支配ドミナント】のことをどれくらい理解してる?」


「……えっと、踏破者ウォーカーの力の象徴。『未踏領域みとうりょういき』に10日間連続でいることによって人に身につく力です」


 異変を引き起こした黒外套がいとうの男を追いかけるため、舗装ほそうされた道を走りながら、テルルの質問に答えるナユタ。


「う、ん、そう──はぁ、──だね。じゃ、じゃあ、【支配ドミナント】の力、その詳細は?」


「…………【支配紋章ドミナント・エンブレム】を消費することで、『未踏領域みとうりょういき』に存在する生物、物質を文字通り支配し、特性を引き出したり、命令を聞かせたりできるようになる……でしたっけ?」


「その通───……ごめん、ちょっと待って、疲れた……」


「いや早っ⁉︎ まだ走り始めてから1分も経ってないですけど‼︎」


「う、うるさい……。私は運動をほとんどしてないんだよ…………!」


 彼女の声がいきなり遠くなり、慌てて振り返ってみれば、そこには肩で息をし、手を膝につくテルルの姿が。


 ナユタは急いでテルルに近寄り、彼女をおぶって追跡を開始する。


「えーっと、なんだっけ? 『未踏領域みとうりょういき』にいるフラットラットが、背中の毛を逆立てると、毛の模様がおっさんの顔に見える理由についての話だっけ?」


「もう直前の記憶も曖昧あいまいじゃないですかっ⁉︎ それもちょっと気になりますけど、今は【支配ドミナント】の話ですよ‼︎」


「ああ……、そうだったね……。【支配ドミナント】の力は概ね君の認識で間違ってないよ」


 突き当たりを左へと曲がり、屋根を走る黒外套がいとうの男を追う。

 彼は今、ナユタが走る通りの左沿いに並ぶ建物の屋根を伝っていた。


「見てごらん」


 テルルが指差す先には、男と同じように屋根を伝いながら彼を追いかける踏破者ウォーカーたちがいる。


「彼らは皆、『未踏領域みとうりょういき』で手に入れた武器や魔物を【支配ドミナント】している。彼らはそれを駆使して、奴を捕まえるつもりだね」


 男を追跡する踏破者ウォーカーたちは遠目からでも目を引くものをそれぞれ持っていた。


 燃え盛る木の枝を穂としている槍を持つ者。『未踏領域みとうりょういき』に生息する狼に似た魔物、『ヒイロキバ』を引き連れている者や、空を泳ぐ魚、『空遊魚くうゆうぎょ』を操る踏破者ウォーカーもいる。


 それらは全て、テルルの言う通り、それぞれの踏破者ウォーカーの支配下に置かれていた。


 彼らは支配した物質や生物を巧みに扱い、黒外套がいとうの男に攻撃を仕掛ける。

 が燃え盛る枝の槍を突き出すことで、炎の渦を発生させ、遠距離からの攻撃を仕掛る。 その直後、炎の渦を追うように、ヒイロキバと空遊魚くうゆうぎょが距離を詰め、男に襲いかかる。


 二段構えの波状攻撃。


 そのことを、男は後ろを一瞥いちべつするだけで、瞬時に把握する。

 三角屋根の頂点を走っていた男は、後方から襲いかかる脅威に対し、斜め右に進路を逸らすことで、三角屋根を滑り落ち、高低差によって炎の渦を回避する。

 そして、その勢いを保ったまま跳躍をすることで、通りの向こう側にある建物の屋根へと移動した。


 それを見て、指示を飛ばされている魔物たちも進路を変える。

 狼の魔物、ヒイロキバはその跳躍力を以って、空遊魚くうゆうぎょはその自慢の尾ビレで宙を蹴ることで、向かい側にいる男を追いかける。


 男の左側からは、屋根へと着地し、瞬時に襲いかかるヒイロキバ。

 正面からは、弾丸のような速度で突撃を仕掛ける空遊魚くうゆうぎょ

 魔物であるが故に、一切の容赦なく男に危害を加えようと迫る脅威。

 が、男は全く動じない。


「────」


 むしろ、彼の方から短く、一歩だけ、距離を詰める。ヒイロキバの方へ。

 今まさに、彼を襲わんと、その名前の由来となった緋色ひいろの牙をさらけ出し、大きく口を開ける魔物に対して振るったのは、逆手に持った右手のナイフ。


 下から上へ。開いた口を閉じろと言わんばかりの鋭く一本の線を描く一撃。


 果たして、ヒイロキバは、男が振るった一撃によって絶命した。


 そのことを確認した途端、男は瞬時に後方へ強烈な蹴りを放った。

 捻りから放たれた腰の勢いに逆らわず、左の足を折り曲げ後方へ突き出す。


 その蹴りが捉えたものは、彼に突撃した空遊魚くうゆうぎょの側面だった。


 横合いから強烈な一撃をくらい、体をくの字に折れ曲がらせる空遊魚くうゆうぎょ

 そこにさらに突き刺さったのは、男が右手に所持していたナイフ。


 蹴りを見舞った直後に、ナイフを投擲することで、止めとする。


 力なく地面に落下していく空遊魚くうゆうぎょ一瞥いちべつし、再び男は走り出した。

 その様子を眺めていたナユタは、思わず足を止め、見入っていた。

 わずかな時間で行われた攻防。


 3体1にも関わらず、男は一瞬の内に魔物を2体も仕留めてしまった。


「すごい…………」


 あまりにも圧倒的な力量に、知らずの内に感嘆の声を漏らしてしまうナユタ。


「こら」


「いたっ」


 そんなナユタの頭に、おぶっていたテルルからのチョップが見舞われた。


「何するんですか師匠……」


「感心するのいいけど、足が止まってちゃ観察が続けられないよ。ほら、追って追って」


「うわっ、そうだった⁉︎」


 テルルの言葉を受け、慌てて屋根を走る男の追跡を再開する。


「……でも師匠、なんで今更【支配ドミナント】の解説なんか俺にしてくれるんですか?」


「ん?」


「俺も一応、ひよっこですけど踏破者ウォーカーです。【支配ドミナント】の知識は身につけてるつもりですよ?」


 それは、ナユタにとって当然の疑問だった。

 そもそも、彼がテルルたちに無断で『未踏領域みとうりょういき』に踏み込んだのは、【支配紋章ドミナント・エンブレム】を手に入れるためである。


 【支配ドミナント】に対する知識を仕入れてなければ、10日間もの間、『未踏領域みとうりょういき』に滞在する危険をおかしたりしない。


「そうだね。私も別に君の知識を疑っているわけじゃないよ」


「じゃあ、何でなんです? 俺にわざわざ【支配ドミナント】のことを聞いた理由は」


「単純だよ。きっとすぐに【支配ドミナント】を実戦で使うことになると思ったからさ」


「へ?」


「ナユタ、ガイアンを含む踏破者ウォーカーたちの集団が、あの男に負けそうになったら、すぐに今ある街の端を目指して走るんだ」


「何を言って……」


「いいから、言う通りにする」


 困惑の表情をみせるナユタに、テルルはピシャリと言い放った。

 彼女が見据えているのは、いまだに踏破者ウォーカーたちからの猛攻を避けながら逃亡を続ける二色の髪を持つ男。


「あの男は、こうなるとわかった上であんな演説をした。自分が犯人だと名乗り出なければ、何が起こったか分からず混乱する私たちの目を盗んで、秘密裏に『地喰じぐらい』を実行できたはずなのにね」


「あっ……」


 確かにそうだ。考えてみれば、あの男は何故自ら犯人だと名乗り出たのだろうか? 異変を起こした理由は、演説の中で語っていたが、そもそもそんなことを話さずに、彼は混乱する人々の中に紛れていればよかったはずだ。そうすれば、犯人を探し出す方法がなかった踏破者ウォーカーたちに狙われることもなかった。


 彼が行った犯行の自白にはメリットが微塵みじんも感じられなかった。


「一体何が目的なんだ? あの人は……」


「さあね。奴の目的を推し量ることは不可能だ。──でも、一つだけ言えることがある」


 それは。


「奴は、こんな状況になっても達成する自信があるんだ。フットレストにいる大人数の踏破者ウォーカーたちに追われても尚、『地喰じぐらい』を達成する自信がね」

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