第8話 授業の始まり

「俺はもう一度、ここで『地喰じぐらい』を起こす。今ここに集まってもらった者たちは、その犠牲になってもらいたい」


 彼の言葉が、合図となった。


 ガイアンと黒い外套がいとうの男は、お互いの引き抜いた刃を交錯こうさくさせた。

 ガイアンは、腰にたずさえた鞘からひらめかせた刀を、男は外套がいとうの内側からナイフを。

 それぞれ一瞬にも満たない時間で距離を詰め、両者は激突した。


「ざけんな、てめぇのために死ねってか」


「いいや、犠牲と言っても、それは死ではない」


「あん?」


「俺の『地喰じぐらい』は奴らとは違う。俺が奪うのは、君たち踏破者ウォーカーの【支配ドミナント】の力だ」


 【支配ドミナント】。

 それは、踏破者ウォーカー踏破者ウォーカーたらしめる、象徴の力。


 尚も続く刀とナイフの交錯こうさくの中で、彼はそれを奪うと言ってのけた。

 しかし、拮抗する力と力のぶつかり合いは乱入者によって終わりを迎える。


「──オラァッ‼︎」


 突如、外套がいとうの男目掛けて突き出されたのは、バンダナをした男の、刀身が細い剣だった。

 が、男が放った剣はむなしく空を切るだけだった。

 鍔迫つばせり合いを続けていた男は、迫る剣に一瞥いちべつもくれることなく、気配だけでそれを察知し、左へと大きく避けたのだ。

 飛び退き、外套がいとうをはためかせ、先ほどいた場所から大きく距離をとる男。

 その着地の際。


「はあっ!」


 遠巻きにいたつばの広い帽子を被った女性からの追撃。

 手に持った、『水が咲く枝』から巨大な水泡を発射させ、着地直前の男に叩き込む。


 そう、ここは踏破者ウォーカーが集う街フットレスト。

 ナユタとガイアンを賑やかしていた観衆も、二色の髪を持つ男の演説を聞いていた聴衆も、力なき者たちではない。


 彼らもまた、そのほとんどが踏破者ウォーカーだ。【支配ドミナント】の力を扱い、『未踏領域みとうりょういき』を生き抜いてきた強者たち。


 その中で、男はまるで自分がこの異変の犯人だと名乗り上げるような演説をした。

 そんなことをしてしまえば、異変に巻き込まれた踏破者ウォーカーたちは、彼を標的にするだろう。


 現に彼は、ガイアンだけでなく、二人の踏破者ウォーカーから攻撃を受けている。

 圧倒的な数の不利が、常に彼にはつきまとう。──だが。


 男は、放たれた水弾をナイフ一本で斬り落とした。

 空中で腰を限界まで捻り、解き放つことで無理やり遠心力を生み出し、水弾にも負けない威力を作り出したのだ。


「なっ──⁉︎」


 水弾を放った女性の顔が驚愕に染まる。

 驚く女性をよそに黒外套がいとうの男は今度こそ着地をし、すぐさま別方向に再度跳躍。

 彼が先ほど着地した場所には風の渦や炎の斬撃がぶつかり合うが、男を捉えることはできていない。


「そうだ。それでいい」


 言いながら、男は群衆の頭の上を飛び越して、大通り沿いにある家の壁を蹴り、その屋根の上に足を乗せる。


「この異変を起こしたのは。解決したい者は俺を狙ってこい」


 高所から群衆を見下ろしながら、男は明確に宣言した。

 異変の首謀者は自分であると。

 そのことが、彼を見上げる踏破者ウォーカーたちに更なる火をつける。


「上等だコラ! ぶっ潰してやるよ‼︎」


「奴を追え! 絶対に逃すな!」


 踏破者たちは荒々しい怒号を上げ、男を追い始める。

 ある者は大通りを走り、またある者は、彼と同じように屋根の上に上り、男を追う。

 外套がいとうを羽織る男は、踏破者ウォーカーたちの行動を確認してから、屋根を伝って逃走を始めた。

 異変の首謀者を追い、ほとんどの者が『大家族』前の大通りから姿を消した。

 その大通りで、動けずに佇む人々の中に、ナユタはいた。


(速すぎる……)


 異変の主犯を名乗る男と、ガイアンを含む踏破者ウォーカーたちとの戦闘に全くついていけず、ただ呆然と、男が逃げた方向を見つめることしかできなかった。

 先ほどの騒音が嘘のように、吹き抜ける風の音だけが大通りを支配する。


 立ち尽くすナユタだったが、ふと背中に手が当てられている感触を覚えた。

 首だけを動かして振り返ると、そこにいたのは癖のある髪を膝裏まで伸ばした小さな少女。


「師匠……?」


「何をしてるんだい? さっさと私たちもあいつを追うよ」


「え? ……でも、俺じゃ戦えないですよ?」


「そうだね。でも、戦闘の観察ぐらいはできると思う」


「観察?」


「うん、そうだよ。君も【支配紋章ドミナント・エンブレム】を手にしたから丁度いい」


 テルルの意図がわからず首をかしげるナユタに対し、テルルはナユタを見上げながら口を開いた。


「【支配ドミナント】について私と一緒に復習をしよう」

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