第7話 地喰らい(じぐらい)

 踏破者ウォーカーたちが集う街フットレストに、初めて訪れた者たちがいるとする。

 そういった者たちが、街を見た時、最初に口にする言葉は大体決まっている。


 それは、「あの巨大な木はなんだ?」という質問だ。


 天穿樹てんせんじゅ


 文字通り、天を穿うがつ様に『未踏領域みとうりょういき』にそびえ立つ、あまりにも巨大な樹。

 『未踏領域みとうりょういき』の玄関口、『回る天穿樹てんせんじゅの大地』の主とされている巨木はほとんどが謎に包まれている。樹齢は一体いくつなのか? どうやってそこまで巨大な幹になったのか?

 なぜそれほど巨大な樹であるにも関わらず、雲を越える高さに至るまでの成長記録が一切記録されていないのか? 謎を挙げればキリがない。


 だが、そんな巨木は、フットレストに居る踏破者ウォーカーたちにとって切っても切り離せないものでもあった。

 フットレストで生活をしていればどこからでも確認できて、未踏の地に挑む踏破者ウォーカーたちを静かに見守り続ける。


 それが天穿樹てんせんじゅ

 幻想と未知の大地、『未踏領域みとうりょういき』を象徴づける圧倒的な存在。


 ──しかし。

 今、その象徴は無惨にも折れ曲がり、大地にしている。


 あまりにも衝撃的な光景を前に、黒髪の少年、ナユタ・フォッグフォルテは言葉を失い立ち尽くしていた。


「おいおい、どうなってんだよありゃあ…………⁉︎」


「一体何が起きてるんだ……?」


 ナユタとガイアンの訓練を観戦していた者たちも、折れた巨木の方を見つめ、困惑の声を漏らしている。

 大通り沿いの建物に居た者たちも異変に気づいたようで、窓から顔を出し、同じ方向を見つめている。

 次第にざわめきも大きくなり、異変に気づいた人々が、大通りに集まり、人だかりを作る。この近辺で最も『未踏領域みとうりょういき』が見渡せるのは『大家族』前のこの大通りだからだ。 


「……なんだよ、巨大な魔物にでも切り倒されたっていうのか?」


「そんなはずねぇだろ! だったらここからその魔物が見えなきゃおかしいって‼︎」


大王鯨グレート・ホエール天穿樹てんせんじゅにぶつかった……とか?」


「アホか、そんなんで折れるほど軟弱じゃないだろ!」


 憶測、混乱、否定、困惑、疑問。

 様々な感情が、荒波のように大通りを行き来する。


 そんな中で、ナユタはゆっくりと振り返り、ガイアンと観衆に混じっているテルルの方を見た。


 ガイアンは、30年以上フットレストを拠点としている『番人ガーディアン』だ。だが、そんな彼もこの光景を見るのは初めてのようで、怪訝な表情を浮かべている。


 『偉大なる踏破者グランド・ウォーカー』であるテルルは、何か考え込むように顎に手を当て、じっと倒れた天穿樹てんせんじゅを見つめていた。


 両者とも、踏破者ウォーカーとしてはかなりの経験と知識を持つ者たちだが、困惑の表情を隠せていない。フットレストを訪れてから、2人とは長い付き合いになるが、初めてみせる表情に、ナユタはゴクリと喉を鳴らした。


 この異変はそれほど唐突で、異様なものだった。

 そして、事態はさらなる変化を迎える。


「うわっ⁉︎」


「きゃあっ⁉︎」


 突然、そこら中から驚きの声が上がった。

 その理由は、まるで上から何かに押しつぶされるような力が、その場にいた全員に降り注いだからだ。体がズシリと重くなる様な感覚。一瞬の出来事ではあったが、ナユタたちは確かに感じ取っていた。


「何が────」


 と、ナユタの言葉が途切れた原因は、またしても景色にあった。


 空。


 先ほどまで、折れた天穿樹てんせんじゅを確認できた、大通りの景色。

 それがガラリと、雲が泳ぐ空へと景色を変えたのだ。


「っ⁉︎」


 慌てて左を見た。ある程度建物が続いていることがわかるが、その先は空。

 急いで右を見ても、左と同じような光景が広がっている。


 そして、大通りを抜ける風が冷たく、強い。

 憶測の域を出ないが、唐突に景色が変化した原因。

 それは、このフットレストがいきなりからだ。


「おい、まじかよ、まじで何なんだよこれ⁉︎」


「俺ら、これからどうなっちまうんだよ……?」


 事態の急変が、更なる混乱を呼ぶ。


 『大家族』前の大通りは、収集がつかない程のざわめきや怒号が飛び交うようになっていた。


 

「──『地喰じぐらい』を、覚えているだろうか」


 

 だが、人混みの中から響いたある者の声によって、ざわめきは一瞬のうちに収まった。


 皆がその者の声に耳を傾けた理由は二つ。


 一つは、単純にその者の声がよく通る芯のある声だったこと。

 そして二つ目は、なぜ今、全く関係のない『地喰じぐらい』の話を取り上げたのか、疑問に思ったからだ。


「8年前、『虹花にじばな』クウェラ・ユーヴェラス、『拳王けんおう』エイド・エンデ、『幻魔使いファントムマスター』ファル・クライエの3人が起こしたとされる人類史上、最悪の厄災」


 大通りにいた人々は、声のした方に視線を向ける。それはナユタも例外ではない。


「『未踏領域みとうりょういき』で上位の存在とされる【支配者ドミネーター】を使い、『未踏領域みとうりょういき』外にある人の領域に侵攻し、大量虐殺を行なった憎むべき所業」


 『地喰じぐらい』のことを語る者は、黒い外套がいとうを羽織った長身の男だった。

 目を惹くのは、その特徴的な髪型だろうか。左右は剃り上げた黒髪だが、中央は乱雑に伸ばした白の短髪。


 戸惑う人々の視線を集めながらも、男は気にせず話を続ける。


「最悪の厄災を起こした彼らには目的があった。それは、【永遠幻像イコリティー】を手に入れるためだ。【支配ドミナント】を必要とせず、誰にでも『未踏領域みとうりょういき』で振われる力を制限なく扱える道具を我が物とするためだ。────わかるか?」


 問いの答えを待たず、男はすぐさま次の言葉を紡ぎ出す。


「そんなことのために、俺の妻と娘は死んだんだ」


 憎悪と憎しみが込められた、小さな声だった。

 しかし、周りにいた者を震えあがらせる程度の想いは込められていた。

 ナユタにも男の声は確かに届き、ゾクリと背筋が震える感覚を覚える。


 誰も、彼が発する圧に動けなくなる中で、突然、男に向かって放たれたのは、木でできた両刃剣だった。

 二色の髪を持つ男は、向かってきた木剣を素手で撃ち落とし、放たれた方向を見た。


「そんで? そんな話をするお前の目的はなんだよ?」


「『番人ガーディアン』ガイアン・アルクヴァースか…………」


 どうやら男は、ガイアンのことを知っているようで、姿を見ただけで名前を当てて見せた。


「そうだったな、それは失礼した。俺の目的は『地喰じぐらい』を引き起こした3人を殺すこと。そのために力を手に入れたい。だから【永遠幻像イコリティー】を欲している」


 つまり。


「俺はもう一度、ここで『地喰じぐらい』を起こす。今ここに集まってもらった者たちは、その犠牲になってもらいたい」

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