第6話 異変

「んなもん決まってんだろ」


 ゆっくりとした動作でこちらに歩を進めるおやっさんこと、ガイアン・アルクヴァース。体の大きさも相まって、ただの歩行にものすごい圧を感じてしまう。


「腕試しだよ」


 言って、おやっさんは俺に向かって何かを放り投げてきた。

 反射的に受け取ったそれは、木で作られた両刃剣。


「聞けばオメェ、に『未踏領域みとうりょういき』に行って、10日間を過ごしてきたらしいな」


「う……」


 『勝手に』の部分を強調され、思わずたじろいでしまう。

 おやっさんは怒っている。

 師匠と同じ様に、俺が一人で『未踏領域みとうりょういき』に行ってしまったことに。


「さぞかし死線をくぐり抜けて成長してきたんだろうなぁ? えぇ?」


 そんなことはない。俺の『未踏領域みとうりょういき』での過ごし方は、地面に穴を掘ってそこに潜み続けるというやり方だ。死線をくぐり抜けたとかそんなんじゃない。


「いや、そんなことは──」


「成長したんだよなぁ?」


「…………うっす」


 あ、だめだこれ。完全に戦わなきゃいけない流れだ。

 逃れられないことを悟った俺は、諦めて立ち上がり、木剣を構えた。

 それに応じるようにおやっさんも立ち止まり、持っていたもう一本の木剣を構える。


「帰ってきたと聞いて、ここに立ち寄ってみりゃあ、吠えてるお前がいた」


「…………」


「ちったあ自分の掲げた夢に見合う男になったのか、見せてみろ」


「────はい‼︎」


 おやっさんの言葉を受けて、俺は気合を入れ直した。

 そうだ。俺の掲げる夢は、今の俺じゃ達成できない。

 なら、少しずつ成長するしかないだろう。


 曲がりなりにも、『未踏領域みとうりょういき』での10日間を生き残ったんだ。

 あの過酷な地を生き延びるために、一人で色々準備や鍛錬をしてきた。

 その成果を、おやっさんに見せつけてやる!


「……行きますっ‼︎」


 言葉で合図を送り、俺は前へと駆け出した。

 低く、鋭く。一気に彼との距離を詰める。


 振るう木剣の軌跡きせきは、左下から右上への斬り上げ。

 おやっさんの脇腹をかち上げるイメージの斬撃だ。


 だが、おやっさんは一歩も動かない。

 片腕だけを動かし、俺が振るった剣の軌道に、自らの木剣を差し込むことで、体に直撃する前に完璧に受け止めてみせる。


「くそっ‼︎」


 悪態あくたいを吐きながら、大きく二歩後ろに下がり、距離をとる。

 両手で握りしめ、力を込めて繰り出した斬撃を、腕一本で止められた。わかっちゃいるけどショックが大きい。


「おぉい! 久しぶりに『番人ガーディアン』のガイアンと、『夢語り』のナユタの稽古が始まったぞ!」


「【支配ドミナント】を使ってないとはいえ、ガイアンの剣技が見られるんだ! 酒のさかなにはもってこいだぜ‼︎」


 気づけば、店の前の通りには人だかりが出来ていた。

 ここでおやっさんと喧嘩、もとい訓練をするといつもこうなる。

 すっかり店の出し物の様な扱いだ。


 ……まあ、そのほとんどがおやっさんの剣技を楽しみにしている人たちだけど。


 よくみれば、師匠も呆れた顔で人だかりに混じっている。


「それが『未踏領域みとうりょういき』を生き抜いた太刀筋か? なまっちょれぇぞ」


「い、いいえ、まだです! こんなもんじゃないですよ、俺は‼︎」


 なまっちょろい。確かにそれは事実だ。この踏破者ウォーカーの街、フットレストを守護する『番人ガーディアン』のおやっさんから見れば、俺の太刀筋なんて、へなちょこもいいところだ。


 だけど、諦めるわけにはいかない。

 せめて一太刀はおやっさんに見舞ってみせると覚悟を決め、俺は再び走り出した。

 ────だが、その時。


「なあ、アレやばくね?」


 周りを囲っていた観衆の誰かが呆然と言葉をこぼした。

 最初は、耳に入っても気に止めず、おやっさんとの距離を詰めようとした俺だったが、その言葉を皮切りに観衆がざわめき始めた。


 そして、何より。


「────」


 相対しているおやっさんが、愕然がくぜんとした表情をして固まっていた。

 俺は慌てて足を止め、おやっさんが見つめる方向、すなわち後方へと振り返った。


「……………は?」


 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 俺の目に映るのは、大通りの向こうの『未踏領域みとうりょういき』。だが、そこにはあるものが欠けていた。


 それは、この街から『未踏領域みとうりょういき』を見るのであれば、最も目を惹くもので、象徴的なものだった。人が住む世界では、まず見ることができないであろう。雲よりも高くに葉をつける巨大な樹木。────すなわち天穿樹てんせんじゅ


 

 その天穿樹てんせんじゅが、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る