第5話 夢を吠える凡人
「いやー、ホントひどい目にあった‼︎」
俺は空になったグラスをカウンターへと叩きつけながら、ありったけの思いを込めて叫んだ。多少大きな声になってしまったが問題はないだろう。なにせ、俺の周りの席の方が遥かに
ここは『
その街の中にある酒場『大家族』
店員たちが『
その人気はかなりのもので、朝から
ボウズ頭のガタイのいい中年男性や、眼帯では隠しきれないほどの傷を顔に作った赤髪の女性。黒い
「何が酷い目だよ。そんなの『
と、隣のカウンター席から不機嫌そうな声を
自身の
男物のロングコートに包まれている体はとても小さく、小動物的な愛くるしさを覚えてしまう
これで俺より年上なのだから、全く信じられない。
「でも師匠、俺が師匠に『
「当たり前。あと、いつも言ってるけど師匠って言うな。私は君を弟子にした覚えはない」
「いや、師匠は師匠ですよ! 何てったって俺の心の師なんですから」
「想いが一方的すぎて怖いんだよ! ……私は尊敬されるような人間じゃないんだ」
「そんなことないですよ! だって師匠は、『回る
────『
それは、『
この店からも見える『
それだけで、彼女の功績は計り知れないものだ。『
しかし、当の師匠は。
「……まあ、私は最弱の『
と、
「誰ですかっ、そんなこと言う
「その独特で気持ち悪い罰し方はやめろぉっ‼︎」
師匠を思っての発言だったのだが、どうやら師匠はお気に召さなかったらしい。
「でも、師匠はすごいと思ってるのは本当ですよ?」
「そう思って敬っているのなら、昨日私の部屋に突撃してきて勝手に眠りこけるなんて真似はしないと思うけど?」
「うっ……、それに関してはすみません……」
昨日の出来事に関しては、俺の方は謝ることしかできなかった。ほとんど覚えていないのだが、俺は昨日、『
らしい、とまるで人伝に聞いたような物言いなのは、俺が昨日の記憶をほとんど覚えていないからだ。全く以って師匠に対して失礼な態度をとってしまっている。
しかも、突撃だけならまだしも、あろうことか俺は、師匠の部屋で気を失って眠り続けてしまったようだ。──全身泥に
いくら隣の部屋に住む隣人だからといって、やっていいことと悪いことはある。
「汚してしまったベッドのシーツは新しく買い換えますので、許してください……」
「……もう気にしてないからいいよ」
師匠は不機嫌そうな顔をしながらも、俺の行いを許してくれた。
優しい人だ。
「でもねナユタ、君は少し無茶をし過ぎだ」
「へ?」
ふと、師匠は神妙な面持ちでこちらを見つめてきた。
騒がしいはずの店内なのに、師匠の静かな声が妙に突き刺さる。
「今回はたまたま運が良かっただけだ。この先たった一人で『
師匠の意見はとても厳しい。
だけどそれは、単純に俺のことを心配してくれているからだ。
本当に優しい人だ、師匠は。
師匠の言葉を受けて、俺はゆっくりと後ろを向いた。
店の外、大通りの遥か向こうに見えるのは、『
雲よりも遥か高くに葉をつけるその樹を見つめながら、俺は口を開いた。
「……そのことは、わかってます。『
だけど、たとえ無茶だと言われても、俺は止まるわけにはいかない。
「それでも俺は、『
知らずの内に発する言葉に熱が込もっていく。
それに
「そして、『
俺は椅子から立ち上がり、右手を高々と天へと突き上げた。
そして、内から湧き上がる思いに逆らわず、思いきり叫ぶ。
「──俺の物語は、天まで轟く冒険譚だからです‼︎」
俺の魂の叫びは、吹きさらしの店内に響き渡った。
それこそ、騒ぎ立っていた周りの踏破者たちが俺の声に驚いて黙ってしまうほどに。
しんと、時が止まったかのように静まり返った酒場。
しかし、それも一瞬の出来事だった。
次の瞬間には、笑い声。
ドッ、と静まり返った空気を吹き飛ばすような大きな笑いが店内に弾けた。
「ブハハハッ‼︎ 久しぶりに聞いたぜ、あのガキんちょの決め台詞!」
「何だよ天まで轟く冒険譚〜って。あー、痛ぇ痛ぇ」
「ちょっとやめなよー。まだ子供だよ? そういう時期もあるって──、プフッ」
耳を澄まさなくても聞こえてくる数々の
周りにいる
俺はそれらを無視して、席に着く。笑われるのも仕方ない。現に俺は、自分が持ってる想いに対して、何も成していないのだから。
今はただ、弱いのに必死に吠えている子供だ。
そのことを自覚しながら、俺はふと師匠の方から気配を感じてそちらの方を振り向いた。
「…………………」
すると、明らかに不機嫌そうな顔で、笑っている
「────ははっ」
「…………何?」
「何で師匠の方が不機嫌そうなんですか」
「…………別に、そんなんじゃないし」
と、師匠は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
そんな様子を見ていると、先程感じた恥ずかしさが薄れていく。
師匠には、世話になってばっかりだ。
「師匠、ありが────」
「ふんッ‼︎」
「ブヘェッ⁉︎」
「ちょ、ナユタ⁉︎」
突如、俺は吹き飛んだ。
師匠への感謝を置き去りにして、酒場の外へと転がり出る。
何とか受け身を取ることで、痛みを最小限に抑えながらも姿勢を整えるが、勢いを殺しきれずに尻餅をついてしまう。
俺は慌てて元いたカウンター席の方に注目した。
俺の胸のあたりを中心に走り抜けた衝撃の正体に心当たりがあったからだ。
案の定、俺が座っていた場所を見てみれば、誰もいなくなった席の隣に立つ人物が一人。
その人物は、白髪混じりの髪に、
間違いなくこの男が犯人だ。何故ならば、自分が蹴っ飛ばしましたと言わんばかりに伸び切った左足が空中で静止しているからだ。
「な、何をするんですか、ガイアンのおやっさん⁉︎」
「あん?」
いきなりの出来事に混乱し叫ぶ俺に対し、伸び切った左足を地面に下ろしながら、おやっさん──、ガイアン・アルクヴァースは眉を
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