第3話 安心もつかの間
舞い上がる
一瞬にも満たない時間で、これだけの景色が作られた。
その事実が受け入れられない。
ゆっくりと顔を左に向け、閃光の発生源と思われる方を確認する。
だが、そこには
(何だったんだ……?)
とてつもない疲労感が俺の全身を襲う。頭の中がハテナだらけだ。
だが、一つだけ確かなことがある。
──死ななかった。
この事実が何よりも俺に安心を与えてくれた。
「はああぁー……」
盛大に息を吐いて、俺は膝から崩れ落ち、尻餅をつく。
何が起こったかは全くわからないけど、『ここ』では何が起きても不思議じゃない。
だから、今日の俺は運が良かったと、そう思うことにする。
天を仰げば、先程の
ようやく一息がつけそうだ。
そう思った、その矢先。
突如大地が揺れ始めた。
「──へっ?」
大地の揺れはなおも治らない。むしろさらに激しくなっている。
まるでこの地面の下から何かが競り上がってくるような縦の揺れだ。
ん、待てよ? 何かが競り上がってくるだって?
「まさか……!」
俺は、この異変に心当たりがあった。そうだ、この大地の揺れは予兆だ。
だとしたら、ここにいるのはまずい⁉︎
「う、うわあああああああああああ⁉︎」
俺はなりふり構わず、その場から立ち上がり、広場から木々が生い茂る森の中を目指して走り出した。
そもそも、初めにこの広場に駆け込んだ時に、俺は違和感を持つべきだった。
なぜ『
『
だから、これから現れるのは、大地を荒らすとてつもなく巨大な生物だ。
そう、ここは、こここそが『
ただの力のない人間である俺が、一息つける暇など与えてくれはしないのだ。
そうやって襲いくる後悔の念を、振り払うかのように俺は走った。
だが、その足が、まるで水面に足を入れたように地面へと沈んだ、その時だった。
広場中央の地面から現れた巨大な『鯨』の力によって、俺は空へと打ち上がった。
「────っ⁉︎」
景色が、一瞬にして森の緑から大空の淡い青へと切り替わる。
鯨の名は『
その赤い皮膚を持つ体は30mをゆうに超える鯨型の魔物だ。
赤き鯨は特別な能力を持つ。
体の周囲10mの空中と地面は水の性質を持つようになるのだ。
だから、
ギガウッドの森の中にできた巨大な広場は、
俺は今まさに、巨大鯨の浮上に巻き込まれ、
不幸中の幸いは、直前で浮上に気づいたこと。走って距離をとったことにより鯨との衝突は避けることができた。それでも空中へ打ち上がったのは、
何もない上空にいるはずなのに、全身に水をかき分けたような抵抗を感じる。
下にはギガウッドの森。そして、遥か遠方には、ギガウッドよりも巨大な大樹である『
ギガウッドの上から、『
俺は、ただの人間だ。
鯨の体と上への推進力でかき分けられた空中の水が下方向へと流れを作る。
俺はその水流に流され、巨大鯨が作る水の外へと押し出された。
つまり、ここからは──。
地上に向けての落下が始まる。
「う、あああああああああ⁉︎」
駄目だ。為す術が無い。
俺はそのまま、重力に素直に従って、先程の広場に勢いよく激突────しなかった。
「がぼっ⁉︎」
ボチャン、と音を立てて、俺は広場に沈んだ。
(だけど、このままじゃまずいっ!)
鯨の能力で作られた水は、本体から離れると、徐々に元の固い地面へと戻っていく。
つまりこのまま沈んでいくだけじゃ、地中に生き埋めになってしまう。
俺は慌てて腰のベルトに取り付けていた鞘やポーチを外し、地上を目指して、上へと泳いだ。水に変化しているとはいえ、元は土だ。口に泥の味を感じながら、茶色に濁った水を手で掻き分けて進む。
「──ぶはっ‼︎」
何とか水面(というか地面)から顔を出すことに成功した俺は、急いで森の方向を目指した。どんどん水から土へと固まっていき、地面をかき分ける手が重くなっていくのを自覚しながらも必死に
そして、必死に振り回していた腕が、確かに硬い地面を掴んだと確信した時。
「おおおおおおっ‼︎」
思いっきり腕に力を込めて、体を起こし、硬い地面へと自らの体を寝転がせる。
「はあ、はあ、はあっ」
無事──、とは言い難いが、それでも傷はなく、五体満足で生きている。
仰向けになった視界には広場から見える空が広がる。
「……今日の俺は、本当に運がいい」
そんなことを実感しながら、体を起こす。
そして、そのまま立ち上がろうと、立てた膝に右腕を添えた時だった。
「ん?」
俺は右手の異変に気づいた。正確には右手の甲の部分だ。
右手の甲に何か、青い紋様が浮かんでいた。
紋様といってもその形は単純で、三角形を逆さまにしたような印だ。
だけど、この痣のような紋様を見て、俺は今までの苦労など吹っ飛ぶほどの喜びが湧き上がった。
これが、この紋様こそが、俺が『未踏領域』に10日間も留まった理由なのだから。
「よっ、しゃああああああああああああっ‼︎」
紋様ができた右手を天に突き上げ、俺は思いっきり叫んだ。
疲労で重くなっている身体なんてお構いなしに、俺はその場から飛び起きた。
そして、帰路の方角目指して、全力で森の中を駆け抜けていった。
「…………」
そんな紋様を見てはしゃぐ俺を、ギガウッドの陰から観察している人物がいた。
そのことに全く気づかないまま、俺はその場を後にしたのだった。
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