middle distance

秋乃晃

第1話

 保育園からオレに連絡が来て、オレが一二三ちゃんを迎えに行くことになった。真尋さん、どうしたんだろう。胸騒ぎがする。真尋さんが一二三ちゃんのお迎えを忘れる、なんてことは初めてで、保育園のほうから何度も電話したがつながらなかったらしい。とはいえ、保育園としては保護者に迎えに来てもらわないと困るわけで、仕事中のオレにお呼び出しがかかったって経緯だ。

 保育園からの電話を切ったあとでオレからも真尋さんのスマホに電話をかけてみたが、こちらからのも出ない。職場のみんなに無理を承知で相談してみたら、口々に「まずいじゃないですか」「行かないって選択肢あるんか?」「ここは自分らに任せて行ってください!」と送り出してくれた。行くしかないな。これで「いや……」とは言えない。戻ったら、好きなものを何か一つ買ってやろう。三百円以内で。

 電話には出ない真尋さんだけれども、ラインには返事が返ってきた。文脈を無視して『大丈夫です』と。すっきりしないが、大丈夫ならいいか。もし、急病で倒れているとか、家に泥棒が入ったとかだったら大変だよ。

「……」

 真尋さんと真尋さんの前の旦那さんとの間の子であるところの一二三ちゃんは、オレのことを好いてくれていない。真尋さん曰く『一二三は男の人が苦手だから』らしい。保育園でも、最初の頃は男の先生が来るとさっと身を隠していたというし、体調が悪そうでも病院に行きたがらない(真尋さんが一時間ぐらいかけて説得して連れて行く)。危ないから手をつないでいる(手をつながせてはくれる)が、うつむいて黙りこくっている。言葉を発したのは、保育園の先生と「ばいばい」したのが最後。このままだと道行く人々に『白昼堂々幼女誘拐男』と勘違いされかねない。もう夕方か。

 オレの息子の拓三と一二三ちゃんが歩いている姿を見かけたことはあるけれど、そのときはふたりともめっちゃしゃべっていた。拓三が話してくれないのは、男親と息子だからまあいいとして――よくはないけれども、まったく会話がないわけではないから、いいとして――オレと真尋さんの連れ子な一二三ちゃんとがうまくいかないと、真尋さんがやりづらいだろうから、この関係性は改善していきたい。

 一二三ちゃんとふたりきりになれたのは距離を縮めるチャンスだと思う。今後のためにも、仲良くなっておきたい。ほら、女の子だし、大きくなってからじゃ取り返しの付かないことになりそうだから……。

「一二三ちゃん、おやつ食べたくない?」

 オレはアイスクリーム屋を指さした。巷でウワサの、ピエロのいるアイスクリーム屋。シックスティーンアイス。

 気になってはいたけれど、退勤する時間帯には若い女の子たちがたくさんいて、男一人で行くのは気恥ずかしさがある。とか言ってたら宮下から「スイーツ男子、ありやんか。行ったらどうなん?」と茶化された。

「あいす……!」

 ようやく顔をあげて、目を輝かせてくれる。よかった。でも、あんまり食べさせると夕飯が食べられなくなっちゃいそうだから、小さいサイズにしよう。

「すいませーん」

「おや、いらっしゃい」

 ちょうど客がいないタイミングだったので、ピエロに声をかける。中身はおじいさんっぽい。

「一二三ちゃん、どれにする?」

 聞いてはみたけれど、一二三ちゃんの背丈だと見えないや。見えないのに聞かれても困るよな。よいしょっと。

「!」

 抱きかかえられて、一二三ちゃんの身体がこわばった。けれども、色とりどりのアイスクリームを見て「えっと……」と悩み始める。怖がらせてしまった。何か言ってから抱きかかえたほうがよかったな。

「この、えっと、ぴーち!」

「はいよ。サンデーピーチメルバね。お父さん・・・・は?」

 お父さん、と呼びかけられて、今度はオレがぎょっとしてしまった。いや、正しいんだよ。お父さんではあるが、一二三ちゃんとオレとで、オレがちゃんとお父さんに見えるんだな。それなら、よかった。

「じゃあ、この、チョコとオレンジので」

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