02



「ここは私が食い止めます!その間に先生は先に!」


「無茶だウタコ!この数相手に1人なんて自殺行為だ!」


「安心してください、先生。私は……『花住ウタコ』は絶対に死にません。だから……早く……!もう時間がありません!」


「くっ……必ず、必ず迎えに来るから……!だからウタコ!無事でいてくれ……!」



今にも泣き出しそうな表情で先生は叫び、ウタコに背を向けると他の仲間を引き連れて走り去る。


「行かないで欲しい」と叫びたい気持ちを押し殺し、伸ばしかけた手をウタコは引っ込めた。ウタコもまた走り去る先生達に背を向ける。



目前に迫るのは視界を埋め尽くすほどの敵の群れ。どう低く見積ったとしても1人で相手をし、食い止められる数ではなかった。


先生にはああ言ったものの、ここに1人で残れば自分が無事では済まない事をウタコは理解していた。


確実に私はここで死ぬだろう。


だが『私』が朽ち果てようとも『花住ウタコ』が死ぬ訳では無い。


『私』はオリジナルの『花住ウタコ』のクローン体だ。侵略者を滅ぼす為に作られた至高の力を持つ『花住ウタコ』のクローン体なのだ。


だから『私』がここで朽ち果てたとしても、次の『花住ウタコ』が、先生をこれからも守ってくれることだろう。


先生は人類の希望だ。あの人を失う訳にはいかないのだ。



「私は花住ウタコーーその1人。侵略者を滅し、人類の輝ける明日を取り戻す……護り手。その為に作られ、戦う……それが、花住ウタコ」



自分自身に言い聞かせるようにウタコは1人呟いて、髪をとめていたト音記号の髪飾りを外す。



『ウタコの誕生日はいつ?』


『誕生日ですか……えっーと……わ、わかりません……』


『自分の誕生日わからないの……?』


『ど、ド忘れしてしまいました……』


『あははっ、なにそれ?ウタコは変なところ抜けてるところあるよね』


『す、すいません……』



本来であればオリジナルの誕生日を答えればよかっただけの話だった。しかし、クローン体のウタコが作られたのはおそらくオリジナルの誕生日とは別の日で、そして、ウタコは何故かそれを答えたくはなかった。



『それなら今日を誕生日にしてしまおう!といわけでウタコ!これ誕生日プレゼント!』




そうして貰ったのがこのト音記号の髪飾りだった。


その瞬間、花住ウタコでは無い。1人の『私』が産まれた。


だからこの髪飾りは『私』が、1人の『私』である証明。



それを『私』は宙に投げた。



破裂音。マズルフラッシュ。



1発の銃声と共に宙を舞った髪飾りが弾ける。パラパラと髪飾りの破片が降り注ぐ。



「もう『私』が『私』である必要は無い。私は『花住ウタコ』…………『花住ウタコ』としての役目を果たします。これが『私』の『花住ウタコ』としての……覚悟ッ!」



決意を秘めた表情でウタコは武器を構える。



「来なさい。ここから先は1匹たりとて通しません!先生の元には行かせません!たとえこの身が朽ち果てようとも!私が……花住ウタコが!アナタ達を打ち滅ぼします!」



















ーー先生、さよなら……。



















物言わぬ骸となったソレを『花住ウタコ』は見下ろしていた。


遺体の損傷は激しく、辛うじて原型を留め、人だった事がわかる程度であった。それがまたここであった戦闘の壮絶さを物語っている。


自身のクローン体の亡骸と積み上げられた侵略者達の死骸の山。この場で動く者は彼女一人だけであった。



「自らの命と引き換えとは言え、この数の敵をたった1人で屠りましたか、No.11……本来想定していた以上の性能ですね……」



花住ウタコはNo.11と呼んだ亡骸に手を当てる。すると亡骸は光になって崩れ去る。光の粒子は花住ウタコと重なって、やがて光は収まった。



「なるほど……この想いが貴女の力の原動力だったんですね……先生の……愛する人の為……だから貴女は本来の性能以上の力を引き出せた……」



花住ウタコは目を閉じ、手を組みあわせて祈りを捧げる。



「貴女の想いは私が引き継ぎましょう……だから安心して眠りなさい……No.11」



















レッドアサルトver5.00にて追加された新規メインシナリオ第8章にて、これまで一緒に過ごしてきたウタコが死亡し、新たなウタコと入れ替わった。



「今日も先生の一日に祝福があらんことを」



新規シナリオ完走後。アプリを起動。ホーム画面に映し出されるウタコ。お決まりの台詞、いつもと変わらぬ表情、声色でウタコが喋る。もう何千回と見て、聞いてきた台詞だ。



しかし、そのウタコは俺がプレゼントしたト音記号の髪飾りをしていなかった。



「ああああああああぁぁぁッッッ!!!違うッッ!違う違う違うっ!お前じゃない!お前じゃないッ!オレが好きな!オレが愛した!オレと結婚した!俺の嫁は!これまで一緒に居た!ウタコはっ……!ウタコは、お前じゃないッッッ!!!」



悲しみと、怒りと、様々な感情が入り乱れた。涙が次から次へと溢れ出た。衝動のままに俺はスマホを壁に叩きつけてぶっ壊した。


最愛の嫁を失った。俺が愛したウタコは死んだ。


感情の制御が効かず、俺はわけも分からず家を飛び出して、気がつけばダンジョンに潜っていた。


そこで八つ当たりの様にモンスターを倒して、倒して、倒して……。



「ウタコォオオオッ!うたこぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!」



画面の中、作られた存在、決まった台詞、書かれた立ち絵。


そんなこと知ってる。わかってる。作り物だってことはわかってる。


それでも好きだった。いや、今でも好きだ。


バカみたいだって笑われるのかも知れない。


偽物だ。だけど本物なんだ。


心がどうしようもなく荒ぶるんだ。


涙は止まらないほどに悲しいし、世界を滅ぼしてやろうって程に怒りが湧き上がってくるし、死にたくなるほど心が苦しい。


次から次へと湧き上がってくる様々な感情の奔流は、どう考えたって本物なんだ。


嘘じゃない、偽物じゃない。



「ウタコォオオオオオオオッッッ!!!たとえ死んでいたとしてもッ……!オレはウタコが、好きだぁああああああああぁぁぁッッッーーー!!!」




わけも分からず叫んで、暴れて、倒して、倒して。


モンスターを倒しまくって無駄に金だけが溜まった。



心にはポッカリと穴が空いたままだった。



何をどうすればこの穴は塞がるのだろうか。



穴。



あっ、そうだった。


俺、そういえば女の子のケツを並べて楽しみたいって大いなる夢を持ってたんだった。


それを実現するために頑張ってたんだった。


そうだ。そうだ。


女の子のケツを並べよう。そうしよう。



ソシャゲにハマり、ウタコにガチ恋して、ウタコを失って、ダンジョンの深層に篭って、無駄に金だけを溜め込んで……。


気がつけば俺は3年生になっていた。


そして学園最強になっていた。

















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ケツを並べたかっただけの男がソシャゲにどハマりした末に最強に至る 助部紫葉 @toreniku

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