パニイム2024

暴走機関車ここな丸

第1話「モンスター」前編

 私の名前は小清水こしみず雷夢らいむ、この物語の主人公をやらせて頂く普通の女の子です。



 これからよろしくお願い致します……。






 プルル……プルルっ♪






[小清水 雷電]

 「あ! ママからだ……今学校終わったよー!」




 私はママから掛かってきた電話に出る。




[雷電の母]

 「あーそうなの? 今晩はね、貴女が好きな"あんかけうどん"を……」



[小清水 雷電]

 「えーほんと!? やったーー!! あんかけだー!!」




 私の大好物のあんかけうどんが晩御飯に出るらしい。




[雷電の母]

 「あははっ、デザートには青りんごのゼリーも用意してあるから。 気を付けて帰って来なさいね」



[小清水 雷電]

 「うん分かった!」






 ピッ。






 私が返事をして会話が終わるとママの方から通話が切られる。



 あの日は学校が終わって、帰り道を歩いている時だった。




[小清水 雷夢]

 「……?」




 途中、私はひとけの無い公園を通り掛かった。



 もう公園で遊ぶような歳でもないので、私は特に気にせず通り過ぎる。



 ……はずだった。






 ぴちょん……ぴちょん…………。






 その時、微かに公園の方から"水の音"のようなものが聞こえてきた。



 ぴちょぴちょと、水がしたたる音。




[小清水 雷夢]

 「……!?」




 それを不気味に思いながらも、とても気になる音。



 なので私は公園の中に思い切って入ってみた。




[小清水 雷夢]

 「ん?」




 皆様は『ジャングルジム』と言うものをご存知だろうか?



 公園にはそう言う遊具があるのだが、そこに……何か垂れている。



 "ピンク色の"……何かが。




[小清水 雷夢]

 「えっ!?」




 あれって……。



 この子、じゃない!?



 私が大きな声で叫ぶと、鮮やかなピンク色をしたゼリー状のものが、私をつぶらな瞳でとらえる。




[ピンクスライム]

 「!!?」






 ちゃぷっ。






 こちらの存在に気付いたピンクのスライムが、カラダをプルプルと震わしてジャングルジムからタプんっと飛び降りる。



 ピンクのスライムは慌てて地面をってその場を立ち去ろうとする。




[小清水 雷夢]

 「あぁ、待って待って! そっちへ行ってはダメ!!」




 まずい!



 私はそれを追い掛け、距離を詰める。




[小清水 雷夢]

 「殺されてしまうよ!」



[ピンクスライム]

 「……!!」




 私はその子を咄嗟とっさに抱き上げる。




[小清水 雷夢]

 「ぴやっあ!!」




 ピンクのスライムに触れた瞬間、独特の感触が私の手にまとわり付いた。



 私はびっくりして思わず手を離してしまう。






 ビチャ!!






[ピンクスライム]

 「!!」




 私が手を離したせいで、ピンクのスライムのカラダが地面に勢い良く打ち付けられる。



 動揺した様子で目を回すピンクのスライム。



 わざとではないと言え、可哀想な事をしてしまった……。




[小清水 雷夢]

 「ごめんなさい!」




 私はすぐに謝って、それに再びそっと触れる。




[ピンクスライム]

 「……」




 私の気持ちが通じたのか、怒る事も無く目をぱちくりとするピンクのスライム。



 スライムって、表情がイマイチ読みにくいんだよねー。



 なんとなく、にこやかな表情で私を見ている気がする。




[小清水 雷夢]

 「へぇ……」




 ちょっと可愛いかも……。



 説明すると、この世界ではスライムをペットとして飼ったり、人間には難しい仕事や作業などを手伝ってもらったり。



 つまり人間とスライムが共存している社会なのです。



 大昔はスライムと言えばおもちゃの認識しか無かったそう……。




[小清水 雷夢]

 「でもごめんね、あなたを飼ってはあげられないの……」



[ピンクスライム]

 「……?」




 私の家族は基本、スライムの事が嫌いで、気持ち悪いのだそう。



 中には、凶暴なスライムもいて、私もスライムには極力近付くなと親から口を酸っぱくして言われている。




[ピンクスライム]

 「……」




 不安そうな表情で私を見つめてくるピンクのスライム。



 私はなんとか笑顔を作って、語り掛ける。




[小清水 雷夢]

 「……大丈夫、あなたを傷付ける事は無いよ」




 それから私は、持っていたエコバッグにピンクのスライムを入れて隠して、更に人気ひとけの無い所へと向かった。




[小清水 雷夢]

 「あなたどこから来たの? どこかの家のペット?」



[ピンクスライム]

 「〜!」




 頭? を、横に振っているようにも見える事から、きっとこの子はペットではないのだろう。




[小清水 雷夢]

 「作業スライムって、確か……」




 作業用スライムは、皆んなもれなく"白"に統一されていると聞く。



 この子の色は可愛らしいピンク……。




[小清水 雷夢]

 「もしかして、野良なのかな……?」



[ピンクスライム]

 「……?」




 大変だ、もし野良だったら……保健所に連れてかれるのもそうだし。



 何より悪い人に捕まったりしたら、この子がどんな目に遭わされるか……。



 そんなの可哀想。




[小清水 雷夢]

 「うーん、でもうちじゃ絶対飼えないしー、う〜ん」



[ピンクスライム]

 「〜♪」




 本気で悩んでいる私に構わず、ピンクのスライムはエコバッグの口から顔を出し、なんだか楽しそうにしている。




[小清水 雷夢]

 「うふふっ」




 思い出したら、おばあちゃんによく……。



 ──『雷夢が悪い事をしたらスライムが海から上がって来る』。



 とか、脅されてなー。




[小清水 雷夢]

 「ごめんね、今からあなたを川に連れて行くから、ちょっと待っててね」



[ピンクスライム]

 「……!」




 私はエコバッグの中にピンクのスライムを押し込み、近くの川へと向かった。




[小清水 雷夢]

 「だ、大丈夫だよね……? スライムって、泳ぎが得意って言うし……」




 川辺まで来て、目の前には綺麗な水が緩やかに流れている。




[小清水 雷夢]

 「このまま流しちゃえば良いよね?」




 私はピンクのスライムにゆっくり水へと入ってもらい、そっと手を離す。



 川の中でふよふよと浮くスライム。




[ピンクスライム]

 「〜?」



[小清水 雷夢]

 「ちょちょっ……ダメだってば」




 私が手を離そうとすると寂しいのか、ピンクのスライムが私の手首に巻き付いてくる。




[小清水 雷夢]

 「ほら……くっ、意外と力強い」




 私は無理やり手首からピンクのスライムを剥がし、川へと放つ。




[小清水 雷夢]

 「んっ! よいしょー!」



[ピンクスライム]

 「!?」



[小清水 雷夢]

 「ごめんね! またね!」




 ゆったりと川に流されるピンクのスライムがこちらを見つめている。



 私はスライムを見送るつもりだったが。




[小清水 雷夢]

 「よし」




 追い掛けて来ちゃうかもだから、私は全速力で川から離れた。



 私も寂しいけれど、これでさよなら。




[小清水 雷夢]

 「ごめんね……」




 さっきのあの子、今日初めて会ったし、私のペットでもなんでもないけど……。



 "捨ててしまった"と言う少しの罪悪感を感じながら、私は家へ向かった。



 ……。




[小清水 雷夢]

 「ただいまー」




 私は自分の家へ帰って来た。




[小清水 雷夢]

 「ママ?」




 私はママを探しに、リビングのドアを開ける。




[小清水 雷夢]

 「……?」




 入ると電気は点いていなかったが、お肉が焼ける良い匂いと、お鍋がグツグツと煮える音がしている。




[小清水 雷夢]

 「あっ、ママちょっと…………」




 ……。



 私はてっきり、ママがキッチンでお夕飯を作ってくれているのかと思っていた。



 だが、キッチンに立つママの姿は無く。



 代わりに、床にはママが。




[小清水 雷夢]

 「え……」




 どうして、何かがママに乗ってる。



 スライムが…………ママを食べてる。




[雷夢の母]

 「……」




 ママは床に倒れて、何も言わない。



 ──既に死んでいる。

 


 ママの体の下半分が、スライムに捕食されているようだった。



 私は動けなかった、状況が上手く理解出来なくて。



 怖くて、足が動かない。




[スライム]

 「……」




 ひたすらママの体を溶かし、口を大きく開けている薄汚いスライム。




[小清水 雷夢]

 「いや……」




 スライムが人を喰うだなんて、知らない。



 どうして、どうしてママが。



 なんにも、信じらんない。




[小清水 雷夢]

 「許さない」




 そこからはもう、私には躊躇ためらいが無かった。



 私は玄関から対スライム用のスタンガンを急いで持って来る。



 スライム駆除に使われる、超強力電気銃『パニイム2022』を目の前のスライムに何度も、何度も何度もぶっぱなした。



 強い電気を食らったスライムは、悲鳴の様な気持ちの悪い声をあげて、どんどん動きが鈍くなる。




[小清水 雷夢]

 「死ね! 死ね!」




 こんな事をしてもママは帰って来ない。



 だけど私は憎かった、スライムが。




[小清水 雷夢]

 「はぁ……はぁ」




 気付いた時にはもう先程までのスライムの姿は無く、濃い煙がリビングに充満していた。



 私の体が痛い、疲れてボロボロ。




[小清水 雷夢]

 「……」




 私はこの日、初めてスライムと言うものを殺した。



 私は片手に、『パニイム2022』を握り締めて立ち尽くす。



 ……。




 まだ私が幼い頃……。




[小清水 雷夢]

 「ねぇ、ママ……スライムってなぁに?」




 まだ子供で無知だった私は、スライムについてママに教えてもらおうとしたのだ。




[雷夢の母]

 「まあ……どこでそんなものを知ったの?」



[小清水 雷夢]

 「おばあちゃんがね、スライムは海の化け物だって! 雷夢が悪い事したり、イタズラしたらやって来るんだよ!!」




 それを聞いたママは、ふふんと笑う。




[雷夢の母]

 「ふふ、スライムってね? 海じゃなくて宇宙からやってきたのよ」



[小清水 雷夢]

 「えー、宇宙?」




 私は幼いながら、ママが私にデタラメを言っている事がすぐに分かった。




[雷夢の母]

 「そ、宇宙から見える地球の私達を見て。 楽しそうだなぁ、羨ましいなぁって言って来たのよ?」




 と、言いながらママは私に優しく微笑む。




[小清水 雷夢]

 「えへへ! ママ嘘ばっかり〜」



[雷夢の母]

 「ふふふっ」




 ママはスライムを信じてた。



 それなのに……。




 ……。




[雷夢の父]

 「ふざけるなよ!!」



[研究員]

 「申し訳ございません!!」




 夜になって、たくさんの知らない大人の人達が、うちに謝りに来た。



 私はパパに言われて自分の部屋に隠れていた。



 パパの怒鳴り声が聞こえてくる、私はベッドの上にうずくまって静かに泣く。




[研究員]

 「私共わたくしどもの管理が行き届かなかったばかりに……」



[雷夢の父]

 「黙れ!!」




 後から聞いた話によると、凶暴性のあるスライムを隔離してる研究所から、ママを殺した実験用スライムが逃げ出したとの事。



 雑食のスライムを飢餓状態にさせたらどうなるのか、と言う実験を……していたらしい。



 ふざけるな。



 そして数時間後……。




[雷夢の父]

 「雷夢、もう降りて来て良いよ」

 


[小清水 雷夢]

 「……さっきの人達は?」



[雷夢の父]

 「もう帰ったよ」




 後日、この日の事はニュースで大々的に報道された。




[雷夢の父]

 「この家は……もう引っ越そう」



[小清水 雷夢]

 「…………」




 私とパパは長く住んできた家を引っ越す事となってしまった。



 ……この日からこの世界のスライムへの認識が、それはそれは大きく変わった。



 ただの謎が多い動物から、危険な怪物へと変わっていったのだ──。

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